第41話 武人だけが知しっている。ほとばしる『血』の力

 マグホーニーの体内に内包されていた象気が爆発を起こし、三度派手に吹っ飛ばされる。


 油断だった。マグホーニーが抱えている象気の量を見誤っていた。


 何度も崩れた瓦礫に叩きつけられる。激痛のあまり、ふわっとまた意識が途切れそうになるのを何とか気合で踏み止まった。


 そして眼前にマグホーニーが迫っていたことに気付く。


 刺突の豪雨が身体を貫いていく。脚、太もも、肩、腕へ、呻き声を上げそうになる絶妙な間隔で刺され、すぐに呼吸困難に陥った。


 視界が真っ赤に染まり、次第に朦朧としていく。しかし腹を串刺しにした馬上槍が、強引に現実へと引き戻してくる。


「ぐ……がっ……っ!!」


 それも束の間。マグホーニーは馬上槍ごと俺を振り回し、体は広場へと投げ出され、地面へ激しく叩きつけられた。


 這いつくばり、辛うじて動く首を、マグホーニーへ向ける。


 奴の背中から煙突のようなものが生え、大量の空気が流れていくのが見えた。直接酸素を血液に取り込んでいるのか。


 体組織まで変化させられるなんて聞いてない。蟀谷と顎を打って脳を揺らしてやるんだった。そうしておけば思考力を奪えたかもしれない。


『なかなか楽しめたぞ。ただ解せんのは、小僧、何故【継約術】を使わない?』


 継約術……? なんのことだ?


『まぁいい。今となっては些末なこと――』


 マグホーニーは突如跳躍し、講堂の屋根で馬上槍を振りかざす。


 投擲態勢のまま、どす黒い巨大な象気が馬上槍へと収束していく。


 なるほど、本当に手加減されていた訳か。


『せめてもの情けだ。もう痛みを感じる間もなく、安らかに我らが地母神ははの下へ送ってやる』


 今更後悔しても遅いか。思えばずっと後悔してばかり。


 最初は復讐に身を焦がしながら修行していたさ。けど心のどこかでいつも引っ掛かっていて、正しくないんじゃないんかって。


 だから守護契約士を目指した。俺を助けてくれたネティスさんのようになるため。俺のような人間を増やさないために――けど未だにモヤモヤが残っていた。


 おまけに鍛え方も半端。一体俺は何をしたかったんだ。


 アルナを救うことも出来なかった。元々中途半端な自分が誰かを救おうだなんて、おこがましかったのかもしれない。


 復讐心を押し殺そうとしていたのだって、情けない話、本当は怖かったからだ。


『さらばだ小僧』


 でも、やっぱり……死にたくないなぁ。


 そして俺の人生に終止符を打つ馬上槍が放たれた。


 極大の質量を持った黒い光に飲み込まれ――。




 ――ガンっ!! という鈍い音。


 見上げると巨大な銀色の毛皮に視界が埋め尽くされている。そしてギリギリという金属音がした後、馬上槍が宙に舞う光景が見えた。


 気が付くとマグホーニーの姿も消えている。


『よく頑張ったなミナト。後は俺様達に任せろ』


 野太い声質だけど喋り方はハウアさんのものだ。しかし毛で覆われた足が4本ある。


 その姿はまるでおとぎ話に登場する巨大狼。【月狼ハティ】みたいだ。


「……ハウアさん? その姿はいったい?」


『おうっ! いわゆる奥の手って奴だ。いいからお前は少し休んでいろ』


 月狼の姿となったハウアさんは、大地を踏みしめ、いつの間にか地面に伏していたマグホーニーへと迫る。どうなっているんだ。ハウアさんがやったのか?


『まさか【神狼フェンリル】にお目に掛かれるとはな狗。貴様、神狼の血筋を引いていたのか?』


 神狼の血筋? 神狼って聖書の? 月狼じゃないのか?


『テメェに教える義理は無ぇ。散々俺の弟分を痛ぶってくれたなぁ? 覚悟しろよ』


 ハウアさんは悠然とマグホーニーを見下ろし、静かな怒りを露にする。


『覚悟? たかが図体が大きくなったところで、いい気になるなよ?』


 蔑むように鼻を鳴らす。まるで馬の鼻息のような吐息。


『デカくなったのは体だけかどうか試してみるか?』


 突然の爆雷。マグホーニーの背後で、視界を覆いつくす巨大な稲光が上がった。


『おっとっ! どうやらうちのお姫様もお目覚めみてぇだ』


 閃光の中から、稲妻を纏い現れるアルナ。


 瞳は殺意に彩られていて、冷たく光り輝いている。そして静霊気の所為か、空色の髪が怒髪天を衝いたように逆立っていた。


「私の大切な友達を傷つけたのは、貴女?」


『前門の喀邁拉キマイラ、後門の神狼――いや、前門の羅刹と言ったところか? だとしたらどうする? 鬼の姫よ』


 アルナは何も語らない。ゆっくりとマグホーニーへと近づいていく。


『よそ見してんじゃねぇぞっ!』


 ハウアさんは左手で薙ぎ払い、マグホーニーを学舎の壁に叩きつけた。軽く撫でただけで地面を抉れている!? なんて強さだ。


『まだまだこんなもんじゃねぇぞっ!!』


 ハウアさんは周囲一帯の空気を貪りつくすほど、大きく息を吸い込む。


 あ……マズイ。と思い指を一歩動かしただけで激痛が走るもどうにか俺は耳を塞いだ。


『GAAAAAAAAAAAAA―――――ッ!!!』


 まるで暴風雨の如き咆哮が、押さえた手を突き破り鼓膜を激しく揺さぶる。


 そんなものはまだ序の口。圧縮された空気が、隣の公園まで全てをことごとく粉砕していった。


 校舎と広場にはまるで竜巻でも通ったかのような爪痕だけが残り、そこを稲光が駆け抜けていく。


 多分アルナが吹っ飛ばされたマグホーニーへ追撃に向かったんだ。


『ちょっと失礼するぜ。ミナト』


 え? ハウアさんに突然襟首を甘噛みされるや否や、空中に放り投げられた。


 身体が痛くて叫び声をあげることも出来ず、巨大な背中に乗せられる。というより落下した。


『しっかり掴まっていろよ』


 と月狼ことハウアさん大地を蹴り走り出す。


 今にも振り落とされそうな風圧と速度に俺……いや僕は全身を襲う激痛に耐えながらもしがみついた。


『痛ぇだろ? 多分象気による経絡損傷だな。しばらく動かない方がいい。幸い刺傷は致命傷を避けているみてぇだが……一先ず呼吸法で回復を図れ』


 師匠が言っていた。象気の使いすぎや、一度に大量の象気を練ると、象気の通り道である経絡けいらくを痛めることがあるって。


 まずは怪我をなんとかしないと。僅かだけ残った象気で、基本象術【治象功】で肉体の活性化させて治癒を試みる。


「……ハウアさん。この姿は一体」


『あんまりしゃべるな。傷に響くぞ。まぁこいつは俺様達の血に刻まれた祖先の記憶って奴を引っ張り出す術だ。で、この姿ってわけよ。あまり長いこと変わっていられねぇけどな』


 よく分からない。けど何かしらの技術だと思う。


 ふと雲行きが怪しくなってきているのに気付く。いや、それどころの騒ぎじゃない。


 遥か前方で幾重の稲妻が天に昇っていた。あの中で再びアルナが戦っている。


 さっき僕が危機に瀕した時、彼女はいつか見た氷のような冷たい目をしていて。


 あれではまるで本当に暗殺者だった。あんなアルナを放っておくなんて出来ない。


 突然僕等の前に空を穿つ赤く輝く巨大な光の柱が上がった。


『うおっ! すげぇなぁっ! ありゃあまさか紅色精靈レッドスプライトかっ!?』



 紅色精靈レッドスプライト


 それは雷雲上の中間圏で起こる超高層雷放霊現象の一種だとハウアさんは説明してくれた。霊圧にして200万から10億ヴォルタに達するとか。


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