第40話 『今すぐ』立ち上がれ! 武人を撃ち抜くのは師匠の教え 

 激しい激痛に耐え、僕は身を起そうとするも、脚どころか全身が言うことを聞かない。


 ふと目の前に紙袋が落ちているのに気付く。いつの日かアルナから貰った花の種。ずっとポケットの中にしまってそのままになっていたみたい。


 そうだ。いつかアルナと実家の庭先でこの種を植えよう。レオンボさんも話してくれたじゃないか。思い出を作ることが大切だって。


 いいじゃないか。甘い夢を見たって――もう疲れた。


『他愛のない。しかしまだ息がある。今楽にしてやろう』


 マグホーニーがアルナの頭部に槍先を突き立てる――。


 ――このままでいいのか?

 ――何が?


 吸血種に両親を殺され、姉を殺され、故郷は焼き払われたんだろ?


 ――それがどうした?


 あの口悪くて粗野で、けど心優しい憧れの兄弟子兄さんがやられたんだぞ。


 ――だったら自分に倒せるわけがないじゃないか……。


 そして初めて恋をした大好きな女の子アルナが殺されようとしている。


 ――それでいいのか?


「……ま、待て」


 僕――いや、俺の腹の底から今まで感じたことがない何かがこみ上げてきて。


 ――頭の中で何かがキレた。


 ボロボロの体に焦げるような血が滾ってくる。まるで闘争本能が強引に焚きつけられている気分。


 兄貴ハウアさんの言う通りだ。俺は憎しみを抱き復讐を誓うことも、全部忘れて穏やかに暮らすことも出来ない。


 ごちゃごちゃ考えてどっちつかずの半端野郎。


 だけど、もうやめだ。答えは単純。目の前で自分の大切なものが傷つけられて、我慢なんてできるか!


 骨が軋む――知ったことか!


 体力の限界――うるさい!


 圧倒的力の差――クソくらえ!


「おい、クソ吸血種。アルナに指一本触れてみろ、消し炭にすんぞ」


 灼熱の象気が巡り、骨身に気力の鞭が打たれる感覚――。


 種の入った袋を掴み取り立ち上がり、そして俺はマグホーニーを睨みつけた。


『小僧。急に威勢が良くなったな? 虚勢を張るのもいいが、無理せん方が身のためだぞ?』


「うるせぇよ。こっちが俺の本性だ。四の五の言わずにかかってきやがれ!」


 奴の言葉の一つ一つが耳障りだ。


『ほう、ならば少々手加減してやる。精々踊れ! 小僧っ! 我を楽しませてみろ!』


 見え透いた突貫。誘いか? などという判断の前に体が動いていた。


 反射的にマグホーニーの突きに合わせ、懐へと潜り、象気を纏う当て身を叩きこむ。


 滅血拳【日冕コロナ】――並みの相手なら軽々と吹っ飛ばせるが、マグホーニーは武人。少し怯んだ程度で大して効いていない。


 だが黒血の鎧に罅が入ったのを見逃さない。


 殺す――こいつは絶対ここで始末する!


 地面を踏み砕く震脚。発生した力を象気と一緒に練り上げ、針のように細く鋭く研ぎ澄ました一撃。滅血拳【針状體功スピキュール】を打ち込んだ。


『甘いっ!』


 そりゃぁてめぇだ! 咄嗟に盾で防いだつもりだろうが【針状體功】は只の正拳じゃないんだよ。マグホーニーの肩が鎧ごと爆ぜた。


 黒血をまき散らし、顔半分砕けた兜から奴の驚いた顔が露になる。


『なっ!!』


 針状體功は象気を一点に集中させ相手を貫く。更に収束された象気は相手の体内で炸裂。それは即ち衝撃と打撃がずれる〈遠当て〉となる。


『小賢しいっ!』


 馬上槍の腹で薙ぎ払われ、俺の身体は盛大に吹っ飛び、積み上がった瓦礫の山に叩きつけられる。


「がっ……はっ!!」


 肋何本いった? くそ、血がっ! 肺に刺さったか? 折角治ったのに――だけど死んでも負けられねぇ! 倒れてたまるか!


『踏み止まったか。しぶといな』


 針状體功で砕いてやった鎧はすぐに再生が始まり、あっという間に元通りになる。


 だが【天】の象気は有効なのは間違いない。さっきちらっと見えたが、鎧で覆いつくせても、熱傷までは治せていない。


「し……ぶといのは、お……互い様だろ」


 何度でもやってやる。それこそ命が尽きるまで!


 手を合わせて、ありったけの象気を両拳に込める。朱金色の象気が次第に深く濃く黒い象気へと変わっていく。


 滅血拳【黒點アンブラ】――多分こいつが最期の象術。


 ふと脳裏に師匠との修行の日々が蘇る。基本は迎撃カウンターを狙い『泰山の如く動くな』だ。


 だが間合いを詰められない、または一撃で仕留めきれない強敵の場合、どうすればいいのか?


 それを聞いたら師匠はなんて言ったと思う? 『何が何でもくっつけ』だとさ。頭おかしいだろ?


 その時は矛盾しているように感じたけど、今なら分かる。


 距離を取って戦うのは愚策。玉砕覚悟で懐に潜り込んで、休まず連打を浴びせる他無ぇ。


 大きく息を吸い、息を止め、マグホーニーへ突貫する。


 頃合いを見計らっていたかのように奴も仕掛けてきた。馬上槍と盾を前に突き出し、懐に入れさせないつもりだ。


 かといって間合いを空けたところで勝機は無い。


 さらに突進しながら刺突の雨が襲ってくる! 的を絞らせるな! 頭を振って、脚を使って、拳で軌道を変えて、致命傷を避けろっ!


 ようやく届いた至近距離。眼前に視界を覆いつくす黒い盾。構うなっ! 撃てっ!


 盾ごと粉砕するつもりで、連打を叩きこんだ。【黒點】は打撃箇所にいつまでも象気が残り、内部から敵を焼く。それは盾であろうが何であろうが同じ。


 俺は自分が殴った場所に寸分違わず打ち続ける。盾は存外脆く、数十発とめどなく重ねてやると、ようやく砕ける音が聞こえた。


『なっ! 我の盾をっ!』


 盾で振り払い、距離を取ろうとしたマグホーニー。空かさず地面を蹴り、間合いを詰める。


「逃がすかよ!」


 密着状態で、肝臓、蟀谷、顎、鳩尾、胃、乳様突起といった急所を狙っていく。


 そこは師匠との修行の時、人に見立てた鍛錬用具、木人椿の何万何千回と叩いた位置。


 鈍っても身体にこびり付いていて、思考する前に身体が勝手に動く。


『き、貴様! さっきから急所をっ! またっ!?』


 人型吸血種なら内臓の位置は人間とさほど変わらないようだ。無論急所も。


 ただ吸血種には生物としての致命的な弱点がある。もちろん【天】の象気や銀の銃弾も有効だ。ただそんなのは人だって同じ。


 弱点とは再生能力にあると師匠は言っていた。その高さ故、疲労には鈍感だと。更にそれを維持するために人間よりも大量の酸素と熱量を消費する。


 だから肝臓へ打撃を集中した。内臓に伝わる衝撃は時間差で効いてくる。そして呼吸器系の機能へ疲労を生む。


 さらに鳩尾。横隔膜を圧迫し、呼吸困難にさせる。


 以前俺がアルナに気絶させられたのもこのためだ。こいつを喰らい続けるとどうなるか? 人なら酸素欠乏症チアノーゼになる。


 だが吸血種の場合それじゃ済まない。


『ぐ、ぐふ……』


 小さく呻き声が洩れマグホーニーの動きが鈍り、鎧の隙間から黒い煙が噴き出した。


 それは酸素欠乏と熱量不足による細胞の自壊。再生を幾度となく繰り返した末路だ。


 よし! ぬける――っ!!


「とどめぇっ!!」


 俺は拳を強く握りしめ、奴の腹を目掛け渾身の一撃を叩き込んだっ!


 あの尋常じゃない象気を持つマグホーニーを追い詰めた。


 師匠の教えは間違いじゃなかったと達成感が自分の中に湧いた瞬間。


『GUAAAAAAHHHH――ッ!!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る