第39話 鬼姫奪還! でも勘違いしていた。真の『強者』というものを……

 ハウアさんは近くにあった階段を指して言う。


 あちこち朽ちてはいるけど、なんとか2階へと上がれそう。


 圧倒的な力量の差がある以上、地の利は最大限利用した方がいいのは確か。


 二つ返事でハウアさんの提案に乗ることにした。


 途中踏み抜きかけたりしたけど、僕等は屋内が一望できるところまで登っていく。


 いつしか稲光はその鳴りを潜め、不吉な予感がした僕はすぐに内部の様子を窺う。


 するとアルナは女吸血種マグホーニーの操る血で柱に縛りつけられていた。


 それに隣で身を震わせて蹲っている三人の女学生、あれは――見覚えがあるぞ。


 確か前に公園でアルナに陰口を叩いていた子達だ。位置関係からしてアルナが彼女達を庇ったようにも見受けられる。


 というかこんな時間になぜ講堂なんかに?


 いや、そんなことよりも今はこの状況をなんとかしないと。


(待てっ!)

(いや、でも、アルナがっ!)


 3回目だ。今度は小声で静止を掛けて、一体何だって言うんだ。機をうyかがうのもいいけど、もたもたしたらアルナも女学生達も殺されてしまう。


 もう既にアルナの喉元にマグホーニーの血の刃が突きつけられ絶体絶命の窮地。


 その最中ハウアさんが徐にコートの内ポケットの中から金属製の円筒を取り出した。


 筒の上部には器具らしきものが付いていて、更に丸いピンが付属している。


(何ですかそれ?)

(まぁ見とけっ!)


 ハウアさんはピンを力いっぱい引き抜いて講堂内部へと、その円筒を投げ入れる。


 何列にも並ぶ木製の座席に当たって乾いた音が鳴り、アルナとマグホーニーの視線が僕達へと集まる。ヤバイ気付かれた。


 その瞬間円筒から勢いよく白い煙が噴き上げ、あっという間に講堂が雲海と化した。


「行くぞ! 俺は三人の方を逃がす! ミナトは嬢ちゃんを!」


「は、はいっ!」


 僕はハウアさんを追って、煙に包まれた講堂内へと飛び込んだ。


 煙幕みたいなものがあるんだったら最初に言っておいてくれればいいのに。それならぐずぐずと突入方法に悩む必要も無かった。


 覆われた煙の中、張り付けられたアルナの下へと向かう僕の前に何かが近づいてくる。


 一瞬マグホーニーかと思たけど、蒼い髪がちらつく。良かった。拘束が解けて抜けられたんだ。


『鬱陶しいっ!』


 横殴りの黒い暴風雨が巻き起こり、白い煙が爆風となって押し寄せる。


 掻き消され晴れていくと隣には肩を抑え、満身創痍のアルナの姿が見えた。


「アルナ、大丈夫っ!?」


 服もかなりボロボロで生傷だらけ。


 歴戦の後が窺えるけど幸い致命傷になるような怪我は無いようでほっとした。


「ミナト! どうして来たのっ!?」


「その答えは何度も言ったよ。君を放っておけないって」


「そんなっ! でも、私はミナトに散々酷いことを……」


「キサマ等! いちゃつくのは後だっ!」


 無事、三人の女学生を逃がし終えたハウアさんが颯爽と駆け付ける。


 そう、今は目の前の敵。女吸血種マグホーニーだ。


イヌ。小僧。いまさら何しに来た。前にもお主らを手に掛ける気はないと伝えた筈だが?』


「どの口が言うんだっ! こんなにもアルナを傷つけておいてっ!」


『降りかかる火の粉を払ったにすぎん。鬼の姫は我と戯れたいそうだが、邪魔だと言ってもわからんのでな。少し灸を据えてやったのだ。しつこくてかなわん』


 話の腰を折るように、隣から骨が擦れるような鈍い音が聞こえてきて――まさかアルナ怪我を!?


「大丈夫、抜け出すときに関節を外しただけだから」


 慣れた手つきで肩を元に戻している姿に少々唖然としたけど、大事に至らなくて一安心。


「悪いですが、貴方を捕えさせて頂きます」


『ほう? 捕えるとな? 因みにいつ解放してくれるのだ?』


「さぁ? 私が生きている間ではないのは確かです」


『それは困る。いや、待て……』


 何やら考える仕草をするマグホーニー。そして暫くして突如深く頷き始めた。


『なるほど、お主たち我の依り代がしでかしたことの責をとりたいのだな。相分かった』


 徐に左手を掲げると、自らの手を自身の喉笛に突き刺した。


「な、何をっ!」


『まあ、見ておれ小僧』


 そう言われても、おぞましく、醜怪。


 思わず吐きたくなるほどの光景を見せつけられては動きたくても動けない。


 マグホーニーは自分の身体の中から干乾びた人間の遺体を引き摺り出した。


 背格好、服装からしてその亡骸がヴェンツェルの成れの果てだと分かる。


『代償として血も知識も全て頂いた。もはや不要なものだ。ほれ、好きにするがいい』


 ヴェンツェルのミイラに向けハウアさんは鑢状大剣を振りかざし、不満を露にする。


「今更いらねぇよ。大した情報を持っちゃいねぇみてぇだったしな」


 突き返されたところで元々の依頼は多分うやむやになっている。アルナに至っては暗殺に関する状況が既に、マグホーニー封印へと事態は急変している。


「それによ。こっちも事情が変わってな。どうしても嬢ちゃんを護らなきゃいけなくなっちまった。別にアンタのこと逃がして、無理矢理連れて帰ることも出来るが――」


 一瞥をくれるも頑なな表情のアルナに、お手上げといった風にハウアさんは肩を竦める。


「けどまぁ梃子テコでも動きそうにねぇじゃねぇか。仕方なく協力することにしたわけだ」


『ふむ、ならやむを得まい』


 突然マグホーニーの身体からおぞましい象気が溢れ、僕らは背筋が凍りつく。


 彼女の象気からは、僕等を象気全部合わせても、アルナと共震したとしても恐らく埋まらない。


 絶望的な力量の差。もう覚悟は出来ている。いざとなれば命に代えてもアルナを護る。


『ならば我、アガルタ王国騎士団副団長メリネット=マグホーニーと相見えるということが何を意味するか! その血と肉と臓物をもって知るがいいっ!』


 高らかに口上を述べたマグホーニー。突如彼女の皮膚からは黒血が滲みだす。そして互いに連結していき――。


「なっ!」


 やがて禍々しい黒い光を放つ全身鎧へと形状を変えていった。


 右手には身の丈ほどもある巨大な馬上槍ランス。左手には凧状盾カイトシールド


 目の前に佇む黒鎧の騎士が、マグホーニーの本来の姿だと悟る。


『覚悟は良いな?』


 そう淡々とした口調でマグホーニーは呟くや、軽々と馬上槍を薙ぎ払う。


 その衝撃で講堂の半分を跡形もなく消し飛ばした。


 座席も、床の梁も、壁も全てが綺麗さっぱり半分消えた。


 そしてようやく僕はマグホーニーの強さを思い知る。


『構えろ』




 勘違いをしていた。僕等が相手にしていたのは只の女吸血種なんかじゃなかった。


 武人――といった類いの存在。


 恐怖や敗北の屈辱さえも通り越して畏敬の念でさえ覚えてしまうほど、絶対的な強者。


 長年積み重ねてきた努力も時間も、たった一太刀で無に帰す。命を賭しても勝てない存在が世界にはいる。


『もう終わりか?』


 ふと頬に冷たいものが当たっている感触がした。


 痛い――。


 まさか一撃で? 地面へ倒れ俯せていた。辛うじて動く瞳に映るのは、見事なまでに周囲は真っ赤な瓦礫の山。最早講堂は原型を留めていない。


 そして血を流しぐったりしているアルナと、力なく仰向けのまま微動だにしないハウアさんの姿。

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