第35話 告白。僕が彼女を『護』るたった一つの理由
『シュマッドだと? それは王家の名だ。貴様のような小僧が軽々しく口にしていいものではない。二度と口にするな……だが、ふむ、嘘は付いていないようだ』
王家だって? ラーンは王族だったのか?
彼女は一体何者だ? それにアガルタ? ラーンは故郷の言葉としか言っていなかったぞ。
『して、その御方は何処にいる?』
「知らない。7年前に僕の村を焼き滅ぼして消えた……」
『ふむ、これも嘘ではないな。相分かった。しかし素直なのは良い。我は実に気分がいいぞ。よってお主たちは喰わんことにしよう。感謝するがいい』
彼女は静かに立ち上がり踵を返した。漆黒の玉座は服に溶け込まれていく。
「待ちやがれ!」
「逃がしません!」
ほぼ同時。ハウアさんとアルナは銃と飛刀を、去ろうとしていた女吸血種へと向けた。二人とも銃口と切っ先は震え、まるで定まっていない。
『何の真似だ? 狗、鬼。折角小僧が取った我の機嫌を不意にするつもりか?』
金色の目が鈍く光る。溢れる殺意と禍々しい象気に大気が歪み、天井や壁、床の石畳に亀裂が走る。
女吸血種の殺気は僕達がどうやって殺されるのか、明確にイメージさせた。
幻覚、錯覚。そんな言葉は語ることが出来ない程。強制的に、脳裏に焼き付いて、まるで〈死〉そのもの。一歩も動けない。呼吸さえ止まる。
『……ふむ? 鬼? その胸の……ほぅ、なるほど、これも
女吸血種はアルナの胸元のペンダントに意識が向くと突如殺気を納める。
もう訳が分からない。圧から解放され、僕は3時間歩いてようやく見つけたオアシスのような空気を貪り喰らう。
『失礼した鬼の姫よ。その【
「……【因果の薔薇】? 待って! 貴女これが何なのか知っているのっ!?」
アルナの静止を無視して女吸血種はふと天を指すと指先に象気と黒血が収束していく。やがて放たれた黒い柱のような光が天井の壁を穿つ。
「崩れるぞ! 全員伏せろっ!」
ハウアさんの一声で咄嗟にアルナを庇った。激しい閃光と爆風が僕等を襲う。
やがて土煙が晴れると、上に開いた巨大な空洞から淡い月光が差し込んでいた。
「何処へ行った……」
女吸血種の姿を探し周囲を見渡すと、宙に浮いていた。今まさに孔から外へと出ようとしている。アルナは僕の腕を払いのけて突如走り出す。
「アルナ! 危険だ!」
まるで聞いてない。慌てて彼女を追う。
「待って! お願い教えてっ! 貴女は何か知っているんでしょうっ!? 私の本当の両親のことをっ!?」
『鬼の姫よ。それは我らの母、地母神フィオレーナとの盟約により語ることが出来ない。だが最後に名乗っておこう。我が名は鮮血の騎士メリネット=マグホーニー。我らの母が其方を導くことがあるなら、再び
女吸血種メリネット=マグホーニーはそう言い残し夜の闇へと姿を消した。
月光が差し込む地下道で僕達は呆然と佇む。あのメリネットとかいう女吸血種は一体何者なんだ。それにヴェンツェルの身に一体何が……?
「ありゃぁ今の俺様達の手には負えねぇな。あぁくそ……」
流石のハウアさんも疲労困憊の様子、瓦礫の上に腰掛け天を仰いだ。
「アルナ。もう帰ろう」
「……ごめんなさいミナト。まだ私は帰れない」
「まさかアレを追うつもりなのっ!?」
僕もいい加減頭に来た。アルナの肩を掴んで振り向かせる。
「やめようアルナっ!! 確かにアレを放っておいたらどうなるか分からない。だけど僕等の力じゃどうしようも無いじゃないかっ!? それなのにどうして君はっ!」
「ごめんねミナト。それと……ありがとう。何度も私の為に怒ってくれて」
買い被り過ぎだ。未だ下らない掟に縛られているアルナに――いや違う。本当は彼女に無力な自分への八つ当たりをしているだけだ。
「大丈夫だよ。もしもの時の為に【韓家】に伝わるアレを封印できる道具があるんだ」
太古に行われた【鬼血屍回生】は【韓家】がある道具を用いて封じられたという。
現在でも封印された吸血種は、彼らの屋敷の地下深く厳重に保管されているらしい。
「それがどんなものかは知らない。ただ相手が大人しくしている筈がないっ! 危険すぎるよっ! まさか一人で追う気じゃないよね」
アルナの雰囲気から察した。彼女はまた一人で抱え込もうとしている。
「この問題は本来私達、【参纏會】が対処しなければならない。これ以上ミナト達を巻き込むわけにはいかない」
「何をいまさらっ!」
「よせ、やめろ。ミナトちょっと落ち着け」
ハウアさんに諭されて、僕は唇を噛んでやむなくアルナの肩から手を放した。
「お前の気持ちは理解できる。けどここは嬢ちゃんに任せようぜ? 俺様達じゃ役不足だ」
「そんなことは言われなくても分かっている! だけど!」
頭をハウアさんにくしゃくしゃに撫で回されると、急に痛烈な非力感が襲ってくる。
「だってアルナは一族の敷いた人生に疑問を持ったんじゃないのっ!? だからボースワドゥムに来たんじゃなかったのか!? だったら掟になんかに縛られていちゃいけないっ!」
必死の説得。けどアルナは静かに首を横に振った。
「ミナトの言う通り……最初はそうだった。けどやっぱりお父様もお母様も裏切ることはできない。だって……捨て子だった私を拾って育ててくれたのだから恩を返したい」
これが親子の情? いや違うっ! アルナの人生だけでなく命まで束縛するものが愛情であってたまるかっ! どうしても解くことができないのなら!
「どうしても追うっていうなら僕も行く。言ったじゃないか、君を護るって、だって僕は……君のことが大好きだから! 死んでも護りたいんだっ!!」
ようやく伝えられた。やっと素直になれた――。
「ありがとうミナト。私をこんなにも想ってくれて凄く嬉しい、私も大好きだよ」
アルナが少しはにかみながら胸へと飛び込んできて、僕はそっと抱きしめた。
「……アルナ」
「ミナト……ごめんなさい」
柔らかい声で耳元に囁かれた瞬間――。
鳩尾から稲妻のような痛みが全身を貫く。肺から全ての空気が抜け、膝が落ちる。
なんで――と、思って間もなく、視界が暗闇に閉ざされた。
気が付いた時には、またしても協会のソファの上。
だけど今回は人生で最悪の目覚め。ゆっくりと身体起こして辺りを見渡したけど、誰もいない。
「なんだよ。ごめんなさいって……」
無性に目頭が熱くなり、喉の奥が焼ける。非力な自身への苛立ち。
謝ってばかりで、その癖わがままでいつも心を振り回すアルナ……。
彼女への想いが溢れ、ぐちゃぐちゃに混ざって、もうどうすればいいかっ!
「ようっ! 目ぇ覚めたかっ! どうだ調子は……ってお前泣いてんのか?」
不意に休憩室へ入ってきたのはハウアさん。
その顔の憎たらしさに腹が立つ。ただでさえアルナを止めなかったばかりか、多分あの時彼女と結託して僕を気絶させた。
ハウアさんのことだから護ろうとしてくれたんだと思う。
だとしても――許せるものじゃない。
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