第34話 打ち破る古え存在、蘇る麗しき『美女』

「どこを見てやがるっ! こっちだっ!!」


 ヴェンツェルの背後からハウアさんの刃が貫き、薙ぎ払い心臓を抉り出す。


 これで残り3つ。僕には分からないけど、ハウアさんには心臓の位置が把握できるみたい。


 多分狼人種が持つ驚異的な聴力によるものだ。それにアルナも。


 稲妻と共にアルナが駆け抜け、一瞬のうちに右肩と左脇腹を爪で喰い千切る。殺気を宿した冷たい瞳で両手に抱えた心臓を雷撃で淡々と焼く。


「これであと1つ――」


 倒れたヴェンツェルにハウアさんは大剣を突きつけた。もう奴には反撃の力はない。


「さて、キサマ。ミイラの腕をどこへやった?」


『……フフ、さて……』


「口を割るわけねぇか。大体検討は付いているけどな」


 ハウアさんは切っ先を右前腕へと向け、無造作に服を斬り裂く。


 露になったヴェンツェルの腕には乱雑に縫合した痕があった。


「移植してやがったか……さて、キサマには色々と喋ってもらうぜ。キサマにはたんまり報酬が掛けられているからな」


 終わってみればなんてあっけないんだ。でも、ようやくこれで穏やかな日常が戻ってくる。


「やっぱりおかしい。【鬼血屍回生】がこんなに弱いはずがない」


 ふと難しい顔をしながらアルナは呟く。


「どいうこと? アルナ」


「【韓家】の記録によれば【鬼血屍回生】は7日間、【焦僥タヒャウ】を炎で飲み込んだ後。天を闇で覆い、黒い雨を降らせたって書かれているの」


「焦僥って4千年前に一度滅んだ町じゃなかった?」


 アルナは頷く。【焦僥】は【麗月】の一地方都市。


 実際に行ったことは無いけど、水が豊かできれいな街だってレオンボさんが話してくれた覚えがある。


「なに……あれ? 腕の中がうごめいて――」


 戦いの最中、ずっと青く輝いているアルナの目。


 心臓を的確に狙えたのは有角種特有のその瞳によるもの。


 彼等は大気中を飛び交う、霊子線を見ることで人体を透視出来た。


 だけどそれは他の種族が道具を使わなければ捉えられないもの。


「マズイっ!! ハウアさんっ!! 下がってっ!」


『な、ナンタっ!! 急に腕ガッ!!』


 異変に気付いて、ハウアさんが反射的に距離を取った途端。ヴェンツェルは右手を抑え苦しみ始めた。


『グッ!! なんなノダっ!! コレはっ!! 一体ナニガっ!!』


 まるで鼓動するかのように膨らんだり縮んだりを繰り返す吸血種の右腕。


 やがて倍以上に膨れ上がって、ヴェンツェルを浸食していく。


『コ、コンナコトガアッテタマルカっ!! ワタシハっ!! タダっ!! ミトメラレタカッタダケダトイウノニっ!! コンナコトガ――』


 まるで子供のように泣きじゃくるヴェンツェル。彼は膨張した〈腕〉に呑まれ、おぞましい黒い球状の肉塊と化す。


「なんだ。こいつはっ!?」


 その黒い肉塊は生物のように脈動を打っていた。蜘蛛の巣のように張り巡らされた血管らしきものが赤い輝きを放っている。


 それが《黒蠍獅》や、《心臓喰らい》の皮膚と同じものだと僕は直観的に悟った。同時に本能的な危機感も。


「あれはっ!! マズイっ!! ミナトっ!! わたしと共震をっ!! 早くっ!!」


 焦りに彩られたアルナの手を握り、すぐに呼吸を整えた。そして鈴の音が聞こえる。


 象気を拳に込め、渾身の力で【連環紅焔】を黒い肉塊に叩きこんだ。雷閃に沿って紅焔がループを描き、灰も残さず焼き尽くす――筈だった。


「「そ、そんなっ!?」」


 表面が僅かに焦げただけで、活動が止まっていない!?


「どけっお前等っ!! 喰らいやがれっ!! 【居待月閃断ルーナ・パラ・センタールセ・ヤ・エスペラ】っ!!」


 ハウアさんが膨大な象気を纏った大剣を振り下ろす。


 放たれた巨大な刃の象気は床を砕き、壁を毀し、天井まで粉砕する。


 まさに破壊の一閃だった。


 土煙が漂う中、肉塊から黒血が噴き上がり、煙を晴らしていく。


「やった……」


「いや、間に合わなかったみてぇだ」


 突如黒血が噴き出た個所から腕が生えた――違う。


 中から何かが出ようとしている。細く華奢な腕なのに――禍々しい。僕は全身の血が騒ぐような本能的な恐怖を覚え、脚が竦む。


「な、なんだアイツは……」


 強引に引き裂き現れたのは、ヴェンツェルとは似ても似つかぬ、一糸纏わぬ姿の女性。


 髪は血と同じ漆黒で、金色の瞳が妖しい輝きを放っている。


 そして皮膚に付着していた血。まるで油が水を弾くかのように白い肌を滑り、黒のワンピースへと変貌していく。


 彼女から漂うせ返りそうな象気。僕の頭に炎に包まれた幼い日の光景が想起フラッシュバックする。


 きっとそれは象気の質が故郷を滅ぼした吸血種に似ていたからかもしれない。あの《ラーン=ソルム=シュマッド》に――。


 肉塊から現れた彼女はその場で佇み、手を握ったり開いたりと、身体の感触を確かめ始める。


 殺意は感じない。だけど脂汗が止まらない。まるで心臓を握られているような……。


 いや実際握られている。彼女の気まぐれ一つで僕等の命なんて簡単に消え――え……?


「ガハ……」


 気付いたら僕は首を掴まれ、足が地面から離れている。


 全く反応できなかった。細い腕で軽々と持ち上げられ、引き剥がそうとするもびくともしない。


 ただ解せないのは握力。辛うじて呼吸が出来る程度に生かす殺さず。一体何のつもりだ?


『コヘダ、メタナ?』


 な! こ、これは、確かラーンが話していた言葉。


 多分『ここは何処だ?』と言っている。僕は古い記憶を引っ張り出して、教わった数少ない単語で意思疎通を試みた。


「に……ニライカナイ、ヴァーリン、ピタタ……マハダヴィパヤマヤユイ、ボースワドゥム、アンティス……」


 僕はニライカナイの外の大陸、アンティスのボースワドゥムの町だと伝える。


『クマデッ!! エカ、ヴァカナヤーキン、アェシマーター、アパハーシュエ……』


 突如目を丸くした彼女に僕の身体は無造作に投げ飛ばされる。


 解放されはしたけど、地面に叩きつけられた衝撃で激しく咳き込んだ。


 一体何なんだ。こいつは……?


「ミナト! 大丈夫っ!」


「怪我はねぇかっ!?」


「う、うん……」


 慌てて駆け寄ってきた二人に支えられながら身を起す。


 どうする? ここは時間稼ぎをして、アルナだけでも逃がすか。


 何やらぶつぶつと呟やいている。しばらくして「アー、アー」と喉の調子を確認する素振りを見せると。


『……ふむ、これで通じるか?』


 突然彼女が僕等の言語アンティッシュを話し始め、絶句した。


 床を満たしていた黒血が彼女の足元に集まり、まるで無数の骨で装飾された玉座を創り上げていく。


『肉体の記憶から読み取っただけだ。そう身構えるな』


 玉座から見下ろす女性の姿に、まるで女王陛下――いや、魔王にでも謁見している気にさせられる。今にもその重圧に押し潰されそう。


『少し話をしよう。我に敵意はない』


 とはいうが、今のところはという意味であるのは明白。吸血種からしたら僕等は単なる餌に過ぎない。


『お主、アガルタの言の葉を申しておったな。どこで知った?』


「……ラーン、ラーン=ソルム=シュマッドという男から教わった」


 ラーンの名前を出した途端、空気が張りつめ、背筋が凍った。

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