第36話 『悪者』になったつもり? これが分かるのは繊細な人だけです
「そんなに睨むんじゃねぇよ。言いてぇことは分かっている」
「悪者になったつもりですか? どうしてあのまま行かせてくれなかったんですかっ!? 僕のことを護ったつもりなんでしょうけど、僕は自分よりアルナを護りたかったっ!」
本気で盾突いたのは多分この時が初めてだ。当然のごとくハウアさんに胸倉を掴まれる。
「護りたかっただと? クソ雑魚野郎が何言ってやがる。テメェが勝手に手放しただけじゃねぇか! テメェの惚れた女ぐれぇしっかりテメェで繋ぎ止めておけ! つまらねぇことをうじうじと悩み腐りやがって、度胸も意気地もねぇ! いい加減はっきりしやがれっ! テメェのそういうところが前々から気に入らなかったんだっ!」
「僕だって! 人の気も知らないで、いつも偉そうに自分が正しいみたいなことばかり言って! 繊細な人の気持ちが分からない! 分かろうとしないハウアさんの昔からそういう無神経なところが嫌いだったよっ!」
「んだとこの野郎! 復讐することもできねぇ! 忘れることもできねぇ! 半端野郎が! ナマ言ってんじゃねぇぞっ!」
ハウアさんが拳を振りかざす。そこへ――グディーラさんが血相変え入ってきた。
「ちょっと何してんのっ!? 二人ともやめなさい! やめなさいったら!」
間に割って入ってくるグディーラさんに無理矢理引き剥がされ座らされた。
「ああ、もう……ちょっと二人とも。何があったか知らないけど喧嘩なんて感心しないわね。ハウア。あなた少し大人気ないわよ」
頭を抱えグディーラさんはハウアさんを諫めたが、奴は「ケッ!」と舌を打って、まるで聞いていないというような粗野の態度を取るので、更にムカついた。
「ミナト。あなたもよ。いつも冷静な貴方らしくないわね? きっとアルナのことで何か言われたのでしょうけど、今は落ち着きなさい」
僕も揃って窘められる。確かに感情的になっていた。
それに抜きにしてもハウアさんの態度は癇に障る。ドカッとソファに腰下ろして不機嫌そうな顔してっ!
「さあ、二人とも説明して頂戴。アルナがどうして戻ってこなかったのか、一体何があったのか。ハウア。あなた帰ってきてから一言もしゃべらないんだもの。訳が分からないわ。いい加減全部話して貰うわよ。見なさいこの状況!」
カーテンを開けるや、闇一色に染まったボースワドゥムの姿が飛び込んでくる。
昨日は突然出現した大穴に町中は大混乱。目撃者の話では、居合わせた凡そ50人が一瞬のうちにミイラになったという。
現状、女吸血種マグホーニーの禍々しい象気に当てられ、人口の半数以上が意識を失っている。さらに子供には命の危険が――一刻の猶予も無い。
数人を血祭りにあげたマグホーニーだが、レオンボさんの情報では現在、宿舎学校に立てこもっているらしい。
確かに都市を覆っている暗闇はその方角から流れてきているようだ。
地下道での一連の出来事を聴いたグディーラさんは蟀谷を押さえ、とても悩ましげな溜息をつく。
「なるほどね。理解したわ。ほんとしょうがない子なんだから……昨日の地上で穴が開いたっていう騒ぎはそういうことだったのね」
ようやく少し冷静になって、さっきのは完全に八つ当たりだって自覚した。
「ハウアさん。すいませんでした。アルナのことでどうかしていました」
深々と頭を下げる。明らかに自分が悪い。けどハウアさんは帽子を深く被って、こっちを見てくれない。やっぱり相当怒っている。
「ちょっとハウア、ミナトが謝っているんだから、許してあげなさい」
「ケッ! わーってるよ! 俺様も言い過ぎた! でもお前を護ろうとしたのは本当だぞ? かといってアルナ嬢ちゃんを蔑ろにしたわけじゃねぇんだ。二人とも俺様の弟妹分だしな。ちゃんと考えがあったんだよ」
「考え? どういうことですか?」
「ハウア。それを伝えるのはまだ早いわ。ごめんなさいミナト。後でちゃんと説明するから、ちょっと待っていて頂戴」
どうも腑に落ちない。ただヴェンツェルと対峙している時ハウアさんは依頼以外の目的があったように思えた。
組織がどうのこうのって問いただしていた覚えがある。
「……グディーラさん達。この依頼なにかあるんですか? 確かハウアさん、ヴェンツェルに〈マティアス〉がどうのって尋問していましたよね?」
突如ハウアさんの肩が跳ね上がる。
「ハァ~ウゥ~アァ~」
さらにグディーラさんの周りに不穏な空気が。なんかマズイことを口にした?
「あれほどネティスさんが話すなっていったわよね?」
え? いまネティスって言った? S級守護契約士の?
「ちげぇ! 不可抗力だったんだ! 肝心なことは喋っちゃいねぇよっ! 現にこいつは何か隠していることに気づいちゃいるみてぇだか――あ……」
「ハウア、貴方ねぇ……」
やっぱり。ばつの悪い顔をしたハウアさんと頭を抱えたグディーラさんの雰囲気がそれを物語っている。前々から少し様子が可笑しかったし。
「別にいいですよ。聴かなかったことにします。ただ今回の仕事、他に協会の組織的な理由があったということでいいんですね? しかも極秘の?」
「……そういうことになるわね。詳しくは話せないけど、私達は別件で、協会本部から指令である目的のために彼を追っていたわ」
そうするとあまり考えたくは無かったけど、聞かずにはいられない。
「じゃあ、吸血種の腕を渡したヘンリー教授が襲われたのは……まさか釣ったんですか?」
「そ、それは違うわっ! ヘンリー教授が襲撃されたのは全くの偶然よっ! 正直に言うと、事情があってミイラの調査を依頼したわ。でもその所為で彼には……とても申し訳なかったと思っている。本当よ? 信じて頂戴」
グディーラさんが酷く狼狽して釈明する様子から、多分嘘じゃない。短い付き合いだけど不思議と信頼できる。
「ええ、信じます。グディーラさんは人を騙すような人じゃないですから、ただ……」
「ただ?」
「もうヴェンツェルがいなくなった以上、アルナを追う必要がない。そのことが腑に落ちないんです。一緒に対策を練ってくれようとしている。アルナに親身になって接して……いや利用しようとするんですか?」
我欲的で身勝手で、しかも守護契約士として範疇を越えた理由が自分にはある。
それに商売敵であるアルナに対し協力者として関係を求めるのは少し妙だった。
多分、僕の気持ちにもつけこんで監視として働かせることも織り込み済みだったと思う。
「ミナト、てめぇっ!」
「ハウア、待って」
噛みつこうとしてきたハウアさんをグディーラさんが止める。
「けどよ」
「大丈夫、任せて」
グディーラさんは向き直り改めて膝を交える。
「さっきのは正直……ちょっと悲しい言い方だったかな。だけどあなたの怒りも理解できる。そういう面もあったのは確かだから否定できない。それに信じ切れて貰えてないのは、ずっと顔を隠しているせいでもあるのだから当然よね」
「別にそんなことはありません――」
「いいのよ。気を遣わなくても……話を戻すわね。理由は2つ。1つはアルナの身柄とあの子が持つ【因果の薔薇】を護る必要が出てきてしまったから」
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