第14話 『教会』でシスターと過ごした1時間
「なんでなんだ。どうしてなんだよ。アルナ……」
無性に悔しくさが込み上げてくる。まるで胸を内側から焼かれているみたいだ。
一目さえくれないアルナに対して? それとも女の子一人を振り向かせることのできない自分?
気付けば拳に血が滲んでいた。何度も何度も、壁を叩き続けても心が晴れない。煉瓦が割れ、ふと人の気配がした。
「アルナ……なのか?」
「駄目っ! 来ないで!」
無意識に歩いていた。でも間違いない。アルナの声だ。
「ごめんなさい。ミナト……もうあなたと一緒にいることは出来ない」
暗くて顔は分からないけど、背格好や靴からして、やっぱりアルナだ。
「これ以上私に近づけば、貴方を殺さなくちゃいけなくなる。目撃者は始末する。それが劉家の掟……」
一体何を言っているんだ?
「掟? と、とにかく帰ろう。君は誰も殺していないし、僕も何も見ていない。それでいいじゃないか。そうすれば全部元通り……」
アルナは首を横に振ったような気がした。
「このことが一族の誰かに知られるのも時間の問題。私がやらなくても、一族の誰かが必ずミナトを始末しに来る。だから逃げて、今すぐに……」
段々とアルナの気配が闇の中へと吸い込まれるように薄くなっていく。
「ちょっと待って! アルナ! 話を聴いてくれっ!」
「ミナトにどんな事情があるのかは知らない。でもヴェンツェルにはもう関わらないで、あの男はとても危険。私の最期のお願い……」
どうしてそこでヴェンツェル教授の名前が出てくるんだ?
「アルナっ! 行かないでくれっ!」
「『友達』になってくれてありがとう……ミナトと会えて本当に良かった……」
サヨナラ――と言い残してアルナは、暗闇へ完全に姿を消した。
ほんと情けなくて仕方がない。なにがコツコツ積み重ねれば――だよ。
結局友達一人説得できなかったじゃないか! 一体何が足りなかったんだ? 努力?
失意のどん底ってこんな気分をいうんだろうなぁ。
「気持ち悪いな……僕は……」
ああ言っていたけど、しつこく追いかけまわして、内心アルナは嫌がっていたのかも。
「あれ? ミナトさん?」
「……セイネさん?」
あてもなく歩いていたら、戸締りをしていたセイネさんに声を掛けられた。
教会が見えるってことは、いつの間にか帰路に就いていたんだ。恐らく帰巣本能って奴なのかもしれない。
「大変! 顔が真っ青ですよ? 何かあったのですか?」
「いや別に……」
そんなに酷いかな? 頬に触れてみると確かに冷たい。意外に自分では気付かないものなんだな。
「よろしければ温かいお茶でもどうです? そんな状態では風邪を引いてしまいます」
「いえ、もう遅いですし、帰ったらすぐに寝ますから、おやすみ――」
「待ってくださいっ!」
踵を返そうとした僕の腕をセイネさんが突然掴んできた。
一体何なんだよ。
「鬱陶しいですか?」
「……っ!」
「鬱陶しいとおっしゃるなら、この手を振り解いてください」
そんなこと……出来るわけがない。まして寂しげな表情をするセイネさんになんて……。
「少し休まれるだけでいいですから、ね?」
半ば強引にセイネさんは教会の中へ僕を連れて行った。
食堂へと案内されると、彼女は何も言わず
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
一口含むと、暖かさが全身に染み渡り、冷えた身体が内側から温められていく。
香草の優しく爽やかな香りを嗅いでいると、なんだか心が穏やかになっていく感じがした。
「セイネさんはどうして僕を……」
良くしてくれるのかと口にしかけて詰まる。なんか水臭い気がして言葉が出なかった。
「あぁ……なぜ引き留めたのかってことですか……えっと、それは貴方のことが好き――」
……え? 好き? セイネさん今、僕のこと好きって言った?
ふとセイネさんの方を見ると、やっぱり気付いたみたい。
「え! あっ! ごめんなさい! 異性としてとかじゃないんですっ! ただお友達として好きですから、放っておけなかったという意味で……」
顔を真っ赤にして、セイネさんは大袈裟に手を振って掻き消している。でも、放っておけないか……そっか。
「分かっています。セイネさんは聖職者ですもんね。僕も友人としてセイネさんが好きですよ……って、どうしたんです?」
紛れも無い本心だったんだけど、何故かセイネさんは項垂れて、がっかりしている?
不味いこと言ったかな? ってあれ? 今度は開き直った? 少し怒っている?
「いえ、何でもありません……」
本当に女の子って分からない。
「それで何があったんです? ミナトさんがあんなに青ざめるなんて……」
う~ん、どこから話したものか。セイネさんを巻き込む訳にはいかないし……よし。
「えっと実は……」
とりあえず《屍食鬼》関連のことは伏せた。
正直アルナが言っていた掟や一族って何のことかは分からない。
でも彼女は異形の姿の吸血種、《屍食鬼》から、自分を助けてくれた。
それにヴェンツェル教授には関わるなという忠告。
きっとアルナは僕の想像も及ばない事情を抱えているのかもしれない。
「なるほど、ということはフラれたんですね?」
「え? えっと……ん?」
う~ん、そんな話をしたかな? やたら変に隠したから可笑しな説明になったのかも。
「そんな風に聞こえた?」
「そうじゃないのですか?」
「う、う~ん……ということ? になる、のかなぁ……?」
実際そんな感じなのかもしれない。でもどこか腑に落ちないなぁなんて――
「じゃあっ! フラれたんですねっ!」
「え、あ、あぁ……うん……」
突然にセイネさんは食い気味に乗り出してきて、つい頷いてしまった。
それにセイネさん、なんだか勝ち誇ったような顔? いやいやセイネさんは聖職者。他人の不幸を喜ぶ人じゃない。きっと気のせいだ。
でも何かぶつぶつと呟いて、傷心?
「あのぅ、セイネさん?」
「はっ……ご、ごめんなさい」
我に返ったセイネさんは仕切り直すみたいに咳払いする。
「では、これを機にしばらく静養されてはいかがですか。お腹が空いていたり、疲れていたりしていては、よい考えが生まれないもの。最近働き詰めのご様子でしたし、まとまった休暇を取られてみては?」
そういえば最近休んでなかったかも。それが当たり前だと思っていたから。けど知らないうちに相当な疲労を溜め込んでいたのかもしれない。
「……そうですね。それもいいかもしれません」
けど今は……セイネさんがそうだったように、やっぱり僕もアルナを放ってはおけない。
「いつものミナトさんに戻りましたね」
「そ、そうですか? それはきっとセイネさんが話を聴いてくれたからです」
「そんな……悩みって人に話すだけで楽になることがありますから。少しでもミナトさんの力になれたのなら私も嬉しいです」
「ありがとうございます」
話せば楽になるか……確かに言う通りかもしれない。これも真剣に耳を傾けてくれるセイネさんのお陰だ。
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