第11話 割り切れることは『大切』なことだから
「ともかく今立っていられるのは、毎日の走り込みのお陰だな。今後は戦闘の勘を取り戻すのと、象力の絶対量を増やす。じゃねぇと獲物を持った相手に対処出来ねぇし」
そっか。手伝うって言うことは、この先常にそういった人間と戦わなければならないんだよね。まして銃器なんて、象術がなきゃ太刀打ち出来ない。
「そうだ。ミナトに渡すものがあったんだったわ。はい、これ」
思い出したようにグディーラさんが、端に太陽の刻印がされた白い
「C級昇格おめでとう。ミナト、確か【
自然大行。簡単に言えば象気の【性質】だ。基礎修練の後に行われる修行で、大自然の中に身を置き、己の直観に合った万物の力を探す。
当然僕も習得済み――なんだけど。
「そうですが……ちょ、ちょっと状況が呑み込めないのですが!?」
「あぁ……ごめんなさい。ちゃんと宣言してあげるわね」
グディーラさんは咳払いを一つして仕切り直す。思わずドキッとするような優しく愛嬌のある微笑みで宣誓を始めた。
「A級守護契約士3名。ピーター=レオンボ、ハウア=ヌルギ。ヴィンダ=アーライの推薦状を以て、ミナト=ルトラをC級守護契約士へ昇級致します」
す、推薦!? そんなのいつの間に!?
それよりも――えぇっ!! しかもヴィンダさんからも!?
あの人って今は資金洗浄事件を追っていたはず。
あの人あんまり得意じゃないんだよなぁ。「かいらしい」って言って度々、抱き着いて僕の顔を自分の胸に埋めようとするしさ……。
「折角俺様が推してやったんだ。なんだよ。もっと喜べよ」
「いや、唐突過ぎて、でも――ありがとうございます!」
感極まって深々と頭を下げた。嬉しい! ずっとやってきたことが報われたんだ。
これは自分を救ってくれたS級守護契約士ネティスさんに少し近づけた証拠だ。
よぉし! もっと頑張るぞ!
「それじゃぁ、晴れてミナトはC級に昇格しました。以後A級の同伴があれば暴力犯や組織犯罪へ関与出来るようになるわ。それで依頼の話に戻るんだけど……」
手合わせの最中、護衛がどうとか話していた。何でも《雨降りの悪魔》から、つまりアルナ絡みだと。
「依頼主はベニート=ヴェンツェル伯爵。一昨日未明に《雨降りの悪魔》と名乗る人物から殺害を予告する書状が届いたそうよ」
「ベニート=ヴェンツェルって……あぁ、ボースワドゥム大学の考古学教授の」
「そうよ。それで協会に護衛の依頼があったわけ」
妙な話だった。
いろいろ気になる点はあるが、最も合点がいかないのは、だって今までは無差別に殺人を行っていたのに、ここへ来てどうして急に犯行を予告するのか。
「腑に落ちなさそうね。単純に考えて手紙の差出人と噂の殺人鬼は別人の仕業と見るべきね。でも違うからと言ってそれが今回の依頼と何か関係あるのかしら?」
彼女の言う通りだった。
『アルナに会いたい』ってことと仕事はそもそも相容れない。グディーラはそれを伝えようとしてくれていたのだ。割り切るべきだと。
「そう苛めるんじゃねぇよ。昇格していきなりそりゃつれぇだろ」
「べ、別にそんなことしていないわ! 貴方と一緒にしないで頂戴」
「そいつはわるぅござんした。睨むんじゃねぇよ。皺増えるぜ」
「……何ですって」
マズイ……。自分の所為で事務所内の空気がピリピリと。肩身が狭いし居た堪れない。
とても穏やかそうな彼女が一変、凄い剣幕で怒っている。仮面で表情がはっきりと読めないから更に恐ろしい。
「すいません。つい僕がアルナのことばかりに気を取られて……彼女と護衛の件は分けて考えないと駄目ですよね」
彼女の名前を出した途端、グディーラさんの雰囲気が変わった。場を和ませようと笑ってみせたのだけど、逆に緊張感が増した感じがする。
「……そう、あの子アルナって言うんだったわね」
そういえば初めてアルナを協会に連れてきたあの雨の日も同じ感じをしていたような。
「えっと、《雨降りの悪魔》の正体がアルナかもしれないというわけでして。確かレオンボさんに報告したんですけど」
「大丈夫。報告は受けているわ。ごめんなさい。何でもないの。気にしないで」
と呟き、グディーラさんは少し憂いた様子を見せて、それ以上何も聴くことは無かった。
翌日。早速、レオンボさんとハウアさんと僕の三人はヴェンツェル
ヴェンツェル邸はボースワドゥムの貴族の屋敷。
レンガ造りのフラットな屋根に透かし彫りの欄干やラウンドアーチのアーケード。装飾用付け柱が多くみられる。
心理的な敷居の高さもだけど、実際塀も門も高くて、その威圧感につい尻込みしてしまう。
「今日は打ち合わせっつー話だし、そんなに固くなるな。つーか初めて会う訳じゃねぇてめぇの方が緊張してんじゃねぇよ。ほら行くぞ」
不安で一杯な僕をさほど気にも留めず敷地内へと足を踏み入れるハウアさん。
昔からそういうところハウアさんってほんと無神経なんだよな。
敷地には綺麗に手入れをされた庭園があり、彫刻を施された噴水や垣根の回廊に色とりどりの花。庭を見れば家主が分かるとは言うけど、その通りかも。
無機質な微笑みに恐怖を覚えたことが少し恥ずかしい。
反対にハウアさんは「けっ! 見栄を張った悪趣味な家だ。いかにも貴族様って感じだな」と鼻で笑う。
同じ人間でも抱く感想ってこうまで変わるものかぁ?
「お、そうだ、認可証貰ったんだってな? 坊主」
「は、はい。グディーラさんから昨日」
「良かったじゃねぇか。それにしても坊主の自然体行が【天】とはな」
「陰気なこいつにすげぇ似合わねぇだろ?」
こればかりは同感。正直優柔不断で意気地のない自分には勿体ない。
「そぉかぁ? 俺は良いと思うがな。むしろハウアの方が違和感あるだろ? だって【月】だろ?」
「うるせぇな。ほっとけ」
そうかな? 本人は臍を曲げているけど、僕はハウアさんらしいと思う。
「そんじゃ雑談はこれくらいにして、坊主がC級初の依頼主へ挨拶に行くとするか」
玄関扉の前まで到着した僕等は早速門を叩いた。
扉の向こう側から「はい」という聞き覚えのある男性の声がした。
てっきり使用人の方が出迎えてくれるのかと思っていたら、ヴェンツェル教授本人が現れた。
「おや? 君は確かミナト君だね? もしかして依頼を受けてくれたというのは……」
「はい! お世話になります」
「俺達は守護契約士協会のもんで、約束の打ち合わせに来たんですがね」
「ええ、お待ちしておりました。どうぞお入りください」
とヴェンツェル教授は快く迎え入れてくれた。
屋敷内は溜息が出そうなほど豪華で、長い廊下には温かい日差しが差し込み、つい眠くなりそう。
各部屋には歴代のアンティス女王の肖像画や彫像が飾られていて、とても重厚な雰囲気。
「あのぅ、ヴェンツェル教授。使用人の方がいらっしゃらないようなのですが」
「あはは、使用人? 今の時代、田舎の貴族に使用人を雇える財力なんてないよ」
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