第9話 今、『僕』がやるべきことは何ですか?
引き取られてすぐの頃。両親を失い
「お願いします!
喉の奥が乾いて、声が詰まって、目頭が熱い。
もうあんな惨めな思いをするのは嫌だ! 絶対に!
「坊主。立ち向かうってどういう意味かちゃんと理解しているか?」
いつになくレオンボさんの真剣な眼差し。いつもなら身震いを起しそうなものだけど、臆するわけにはいかない!
「……理解しているつもりです」
「んいや、分かっちゃいねぇな。そもそもその相手すら見えちゃいないだろ?」
「相手ですか?」
「なんだ? そんなことも分からねぇのかよ」
ハウアさんに少し退屈そうな顔される。どういうことなんだ?
「いいか。坊主。問題を解決するにはな。今自分が出来ることを一つずつ明確にすることだ。例えばよく人生の壁って話をするだろ?」
乗り越えられない壁は無いとか。確かに耳にする。
「あれってぇのはなぁ。一枚の大きな壁に思えて、実は重なって見えるだけの一段はちいせぇ階段なのさ。けどみんなそいつを錯覚する。誰も三段跳びしろなんて言ってねぇのにな?」
自分のペースで一歩ずつ登っていく。それでいいんだ。
要は己が出来ることを見つめ直せってことなんだ。
「まっ! 俺様の場合、立ちはだかる奴なんざ、全部ぶち壊してきたけどよ!」
「まぁ、おっさん。2年経ったんだ。そろそろ加えてやってもいんじゃねぇの?」
「そうだな……でもその前に坊主にはやらなければならないことがあるんじゃねぇのか?」
レオンボさんが指した先に、なんだ? テーブルの上に……あ、これは……。
「これはカレンの……クロリスへの手紙……」
流されなかったんだ。濡れないようジャケットの内ポケットに入れていたことが良かったのかもしれない。このままにしておけないよな……早く渡さなきゃ。
まだ少し湿っている。中身もぐちゃぐちゃになってしまった。けど昨日やり残したことを果たしておきたい。これが今僕にできること。
「それとミナトが今やれるのは、身体を治すこと。まずはそれからじゃねぇか?」
意を決しベッドから這い出ようとした途端。視界がぐにゃり、あれ? 目の前が一周する。
「おっとっ! 大丈夫かよ。貧弱君」
バランスを崩して危うく倒れそうになったところを、ハウアさんが支えて助けてくれる。
「あ、ありがとうございます……ハウアさん。これをクロリスに届けたいんです」
「ったくしょうがねぇな。ちっと掴まっていろ。ヘンリーのところまで連れてってやっから。多分クロリスもいるだろうよ」
にっと歯をむき出しにして微笑み、ハウワさんは僕を病室の外へと連れ出してくれる。
「ありがとうございます。ハウアさん」
「なーにどうってことねぇよ。ミナトは俺様の弟分なんだからな」
本当に頼りがいがある兄を持てたこと今日ほど嬉しく思ったことは無いかも。
「でもまぁ。よく分かったぜ。ミナトがアルナって嬢ちゃんに相当惚れこんじまっているってことがな!」
「は? そんなことは一言もっ!」
「照れるな照れるな! ミナトにもようやく春が来て俺様は嬉しいぜっ!」
「ち、違うんだってばっ!」
やっぱり話すんじゃなかった。下品で豪快に笑い、バンバン背中を叩く。しかも手加減無し。こっちは怪我人!
「それと退院後に
「ええぇっ! 身体が万全でも、ハウアさんとじゃ体格さあり過ぎて、組手にならないよ!」
「なぁに腑抜けたことほざいてやがる。これからてめぇはヤバイ奴を相手にしなきゃならねんだぞ?」
そうだよね。それくらい跳ね除けられるようじゃなきゃ。駄目だよな!
「分かりました。あと言い忘れていたんですけど、溺れていたところを助けてくれたこともありがとうございます」
ハウアさんは高らかに笑って、多分照れ隠し。ハウアさんのそんな粋な姿に小さい時から憧れていた。
すこし乱暴なところはあったけど、とても強く逞しい。でも正直照れ臭くて面と向かって伝えたことは無かった。
「水くせぇ奴だなっ! それこそ気にしてんじゃねぇよ!」
調子に乗ったハウアさんは突然僕の背中を全力で叩きやがった。
なまじ腕力があるから、顔面が激しく打ち付けられる。床を滑っていく姿は差し詰め人間モップだっただろう。
「あ、悪りぃ」
前言撤回。こういうところが嫌いなんだよなぁ。
ヘンリー教授の病室では、奥さんである金髪碧眼で容姿端麗なリーシャさんが、丁度花瓶の水を替えていた。
彼女は【
「あっ! ハウア――って、え!? ミナトっ!?」
「よう、ミナトがどうしてもっつぅからよ、連れてきてやったぞ」
「もうミナト! そんな身体で無茶して! フラフラじゃないっ! 夫を気遣ってくれるのはありがたいけど、大人しく寝ていなきゃだめよっ!」
お叱りを受けてしまった。多分怒られるとは思っていたけど予想通り。
リーシャさんの足元に隠れて、僕等の様子を窺っているのは娘さんのクロリス。
寡黙で照れ屋な5歳の女の子。顔立ちは母親譲りの髪と瞳で耳長なところが愛くるしく、まるで人形のように可憐だ。
控えめな性格で、3歳くらいの頃から知っている。
「ほら、クロリス。ミナトが来てくれたわよ。挨拶しなさい」
リーシャさんは優しくクロリスに促すとようやく出てきた。何も言わずに脚にしがみついてきたので、頭をそっと撫でてあげる。
これがクロリスなりの挨拶。別に話せないという訳じゃなく、家族だけの時はとてもおしゃべりらしい。
「ごめんなさいね」
「はは、大丈夫です。クロリス……今日はね。君に届けものがあってきたんだ」
不思議そうに首を傾げるクロリスへ、カレンの手紙を渡した。
「すっかりぐしゃぐしゃになってしまってゴメン。昨日中に持ってくる予定だったんだけど、これカレンから」
「え……」
「喧嘩のこと謝りたいって話していたよ。でも家が分からなくて、凄く辛そうで、悲しんでいた。今度仲直りしてあげて」
クロリスは受け取った手紙をギュッと抱きしめる。きっとこの子も気に病んでいたんだ。
「そうだったの、じゃぁクロリス、今度カレンを家に招待しましょうか?」
「うん」
と首を縦に大きく振るクロリス。どうやら仲直り出来そうで良かった。
「おーい。クロリス? ハウアお兄さんにはしてくれねぇのか?」
徐にハウアさんはしゃがんでさぁ飛び込んでおいでと言わんばかりに胸を開き、にいっと微笑む。まるで卑しい悪人面。
「ハウアさん。もうそれじゃぁ脅しだよ。ほら、クロリス、怖がっちゃったじゃん」
案の定クロリスは僕の背中に隠れ、引っ付いて離れようとしない。
「まいったなぁ。こりゃぁ」
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