第6話 お仕事終了。でもその日、女の子が『手紙』を持って現れて……
招かれるまま、応接用の椅子へと腰を掛けると、凛とした眼差しを向けられる。
まるで
「それで見せたいものとは?」
「実はこれなのですが……」
ヘンリー教授はさっきの箱を取り出す。開けた途端、ヴェンツェル教授の目の色が変わる。
「ふむ、ミイラですか。興味深い」
「友人がニライカナイで偶然入手したもので」
「ニライカナイで? それは面白い。なるほど……最初に見た時思いましたが、普通のミイラとは違うようですね」
品定めをするかのように何の変哲もないミイラの腕を眺めるヴェンツェル教授。しばらくすると口元を綻ばせた。
「まず体毛がそのままであることです。チャトル大砂漠の遺跡で発見されたものは全てありませんでした。なぜなら毛は不浄なものとされていたからです」
「つまり、古代ジェラルディーゼ文明との因果関係は――」
「ほぼありませんね。だがもっと重要なのは――」
徐にミイラを戻して、ヴェンツェル教授は更に話を続ける。
「防腐処理のための香油が塗られた形跡が無い点です。まるで生きたまま乾燥したかのように
ミイラに鮮度も何もないんじゃないかな……? でも言われてみれば、ただ水分だけが抜け落ち、骨格もしっかりしている。
「それで教授の経験上、どれくらい古いものだとお考えでしょうか?」
「ふむ、大変申し訳ないのですが、現段階では見当が付きません。よろしければ組織の一部を採取し、詳しく調べさせて頂きたいのですが……?」
「それは構いませんが……しかしそんなことをするだけで分かるのですか?」
「ええ、実はまだ実験段階なのですが、新しく開発した方法でしてね。内包する微量の霊鉄鉱を観測することで、ある程度の年代を測ることが出来るんです」
生物の体内には、ほんの僅かだが霊鉄鉱が含まれていることは、昔から知られていた。
だけど年代を測定できるなんて正直眉唾ものだ――と内心疑っていたら、ヴェンツェル教授と目が合った。
「俄かには信じがたいかい?」
「は、はい……すいません」
「いやいや、構わないさ。むしろ何に対しても疑問を抱くことは良いことだよ。もしかしたら君は科学者向きの性格なのかもしれないね」
「……いえ、そんな」
「実は私も以前からそう思っていまして、何度か誘ってはいるんですが」
「それは手厳しい……話が逸れてしまいましたね。実際にお見せしましょう」
ヴェンツェル教授が持ってきたのはヘンテコな機械。どうヘンテコかと言えばヘンテコ以外に筆舌尽しがたいぐらい。
でも頑張って説明するなら、半円球状の器具にびっしりと張り巡らされ配線が箱状の機器へと繋がっている。
「教授……それはいったい?」
「これは【霊波測定装置】。小さい半円球状の機具が検体内部の霊鉄鉱の霊波を検出します」
語りながらヴェンツェル教授は徐にミイラの組織を採取し始める。
「霊鉄鉱の波長は規則正しい減衰率を持っていることを発見しましてね。年代を計算で弾き出せるんです。まぁ多少の誤差はありますが」
メスとピンセット捌きは見事で、まるで医者の様。あっという間に細胞を切り取った。
「では測定が出来ましたら、後日ご報告に上がります」
「分かりました。よろしくお願いします。本日は貴重なお時間を割いて下さってありがとうございます。ヴェンツェル教授」
「いえ、こちらこそ貴重な資料を頂き、感謝いたします。オトラ教授」
信頼の証として握手を交わす若手教授の二人。若手って自分で思うのも変だなぁって考えていると、ヴェンツェル教授は何故か僕にも求めてくる。
「君のことは守護契約士として、活躍を期待しているよ。頑張ってくれたまえ」
「あ、ありがとうございます」
芽生えた苦手意識の所為か、内心びくびくしながら、僕は握手に応じた。
ハウアさんが行方を暗ましたので、僕は一人協会までとぼとぼ戻る羽目になった。
「まったく、ハウアさんは……」
去り際にヘンリー教授にくれぐれもって、多分今日のコレは歓楽街に行っているだけだとか。
確かに悪い遊びに付き合わされないよう、一応用心しとこ。
「ただいま帰りまし……た」
扉を開ける否や、グディーラさんが大口を開け、今にもロガージュを頬張ろうとする現場に遭遇してしまった。
「あ、えっと、違うのよ! あまりにもおいしそうだったからってそういう訳じゃなくて!」
「……いや、気にしていませんし、ハウアさんじゃないから、誰かに言いふらしたりもしません。安心してください」
「そ、そう? 良かった……じゃなくて、何でもないの、よって何もなかった。いいわよね」
「はい。それで全然かまいません」
いつも冷静なグディーラさんの動揺するところ初めて見た。女性にとっては少し恥ずかしいものなんだなぁ、きっと。
「……じゃあ、改めて、お帰りなさいミナト。大学はどうだった……って、ハウアは? 一緒だったはずじゃ……」
「それが……」
ありのまま報告した。ミイラの腕の件はヘンリー教授を通じて、ヴェンツェル教授へ依頼したこと。
途中ハウアさんがコレなる人物と約束があると姿を消したことも全て。
「……はぁ……あの馬鹿……分かったわ。ハウアには私の方から言っておく」
とまぁ当然の如く呆れられた。とにかくハウアさんの事は人先ず放っておいて仕事を再開した。
「じゃあ、これで最後ね」
張り紙を貼り終える頃には、もう夕刻。ふと砂粒が打ちつけるような音が地面からした。空を眺めると、どんよりと曇って雨がぱらつき始めている。
「あら? なんだかぱらついてきたわね……強くならないうちに戻りましょうか」
「そうですね」
まさか、ほんとに降ってくるなんて……。
アルナには悪い気はしたけど、あまり信じていなかったんだ。なんせ今まで天気予報なんて当たった試しがない。
やっぱり言う通りして早めに切り上げて帰るべきだった。
僕等は急ぎ協会へと引き返す。すると――
「あれ、あの子……」
グディーラさんが扉の前に亜麻色の髪の少女が立っているのに気付いた。あの子は確かパン屋の……。
「カレンじゃないか。どうしたんだ?」
「あ、お兄ちゃん!」
子供がたった一人、最近物騒だから感心しないけど、様子からしてなんだか深刻そう。あれ? カレン、何か握りしめている。
「ん? それはもしかして……手紙?」
「あのね。これをクロリスに……昨日喧嘩しちゃって仲直りしたくて……でも、場所が分からなくて。郵便屋さんはもう終わりだって……」
なんだ。そんなことか。
クロリスってヘンリー教授のお嬢さんだったよね。察するに直接会いたいけど住所を知らないから、文でもなんとか謝りたかったってことなんだろう。
「いいよ。届けてあげる」
「えっ!? いいの!? でもカレン、お金これしか……」
少ない硬貨を渡そうとしてきたけど、僕は黙ってカレンの手を握ってあげる。
「大丈夫。その代わり今度焼きたてのパンをご馳走してくれるかな」
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