第5話 その『価値』に気づけるのは一握りだけ
女性って甘いもの好きだもんね。きっと楽しみにしていたんだなぁ……。
多分グディーラさんは味を想像して、夢心地になっている違いない。
そんなことを考えていたら、ハウアさんが気色悪くほくそ笑んでいるのに気付く。
「見たぜ、お前が有角属の女の子とイチャイチャしているところ。なかなか隅に置けねぇじゃねぇか?」
不覚。アルナといるところを、よりにもよってハウアさんなんかに見られるなんて。
どうするか……よし、話を逸らすか。
「それでどうだったんです。今回の依頼は?」
「もっとどぎまぎしろよ。つまんねぇな」
つまらなくて結構。さっきからハウアさんの揶揄が今日は一段と癇に障る。さっきまでアルナが侮辱されたことが、まだ根に持っているのかもしれない。
「彼女は香木商家の令嬢で、僕は只の田舎商人の息子、全然釣り合いませんよ」
そりゃぁたまには分不相応にも恋人になれたらなぁなんて妄想することもあるよ。でもそこで思い知らされるんだ。現実と恥ずかしさを。
「今時の結婚は財産婚って呼ばれるぐらい財力の似合う家柄同士でなければ交際できませんからね。そもそもアルナは友達です」
どうせ僕はアルナに相応しくない。気持ちを伝えても困らせるだけだ。だったら今のままでいい。
呆れたように溜息をついたハウアさんは、徐に帽子を脱いだ。
「ったく。つまんねぇこと気にしてんなぁ。俺様がミナトぐれぇのときはガンガン行っていたぜ?」
「ガンガンって……」
「その度に手痛い仕打ちを受けていたけどね」
「余計なこと喋ってんじゃねぇよ」
軽薄なところは相変わらずってことね。ハウアさんはグディーラさんが守護契約士時代からの付き合いらしい。以前二人の関係性を疑ったことがあるけど。
――あいつは、あの有名なS級守護契約士のネティスのおっさんに惚れてんだよ! 俺様を揶揄うなんて100万年早ぇ! バーカバーカ!
と逆におちょくり返された。まぁそのネティスさんという守護契約士が、自分を故郷から救い出してくれた人なんだけど。
なんたって最高等級のS級。グディーラさんが好意を抱くっていうのも何となく分かる。
一等級下、A級守護契約士のハウアさんとは偉い違いだ。因みに僕はD級。
「じゃあ、ミナトも来たことだし、行ってくるわ」
「あらそう。行ってらっしゃい」
「また依頼ですか?」
「バーカ。てめぇも着いてくるんだよ。ちょっとミナトを借りていくぞ」
「え! ちょっとハウアさん! 僕にはまだ仕事が――」
「いいからついてこいよ!」
襟首を掴まれ連れてこられたのは、ボースワドゥム大学の生物学教授ヘンリー=オトラ氏の研究室。それなら最初に言っておいてほしいんだけど。
なんでもハウアさんとヘンリー教授は親友らしい。僕も度々連れてこられて教授とは面識がある。
ハウアさんと一緒に一度生物調査に同行したこともある。勿論依頼があってだ。
それに僕の住む長屋とご近所。奥さんから作り過ぎたとかで、夕食をご馳走になることも。
「やぁ、ハウア。それにミナト君も」
「ご無沙汰しています。ヘンリー教授」
「おう、頼まれたもん持ってきてやったぞ」
「ああ! 待っていたよ! さぁ入って」
銀縁眼鏡が輝き、ヘンリー教授は快く招き入れてくれる。なんだ約束していたんだ。
「それで、例のものは?」
「おう! ちょい待ち、今見せてやるからな」
応接椅子に座り一息つく間もなく、ハウアさんが麻袋から取り出したのは重厚な造りの金属の箱。奇妙にも溶接の痕が一切ない。
「さぁっ!
それをテーブルに置くや否や半ば大袈裟に開けると、納められていたのは干乾びた腕。
「ハウアさん、それミイラですか?」
「フフフ。ただのミイラじゃねぞ? なんとこいつはな。【北極大陸】の【漆黒山脈】の麓で発見されたんだ」
北極大陸は分厚い氷床と岩礁。そして海流が生む激しい渦潮と、不安定な気候が未だ多くの探検家、冒険家を阻んでいる。
人類が唯一到達できている場所は、少し突き出た【ニライカナイ半島】だけだ。
それでも奥地には漆黒山脈という、正体不明の黒い岩で出来た嶮しい山脈を越えなければならない。まして北極点など到達した人間はいない。
「ハウワさんは何故そんなものを? ジェラルディーゼに向かったんじゃ……?」
「いやさぁ聴いてくれよ。実は乗る船間違えちまってよぉ~」
胡散臭いなぁ、いつものことだけど。途中美女に出会って云々という話はさておき。
要約するとミイラの腕は、ジェラルディーゼ大陸へ渡る際、ニライカナイを経由した時に入手したとか。
「んで大学に霊話してヘンリーに繋いでもらったら、調べさせろっつぅからよ。持ってきてやったんだ。有難く思えよ」
「感謝するよ。未踏の地の遺骨なんて面白そうじゃないか」
分からなくも無いけど。
「問題は年代だ。どうしたものか……そうだ! ヴェンツェル教授に相談してみよう」
と思いついたように、僕等はヴェンツェル教授という方の研究室まで連れていかれる。
ヘンリー教授のそういう他人を強引に引き摺り回すところハウアさんと少し似ているかも。
「ベニート=ヴェンツェル教授は最近赴任してきた博士でね。なんでも専門の考古学のみならず民俗学にも詳しくて、今も多くの遺跡発掘を行っているんだ」
更に貴族の出身でありながら不遜な態度など一切無くて非常に紳士的。中性的な顔立ちも相まって女子からの人気も高いのだとか。
「ん? 今日何日だっけ?」
突然扉の前にして、ハウアさんが奇声を上げた。何なんだ急に。
「13日ですけど、どうかしたんですか? ハウアさん」
「……あ、いっけね。そういや今日、コレと約束があってよ」
すっとぼけた顔をして、卑猥な小指を立てるハウアさん。コレって、もしかして恋人のこと? そんな人いたっけ……?
「じゃあ、そういうことだ。サラバ!」
「あっ! ちょっとっ! ハウアさん!」
呼び止める隙も無く、颯爽と姿を消した。
「……あれは逃げたね」
「ほんとすいません。ヘンリー教授……」
「学生時代もあぁだったからねぇ、慣れているよ」
慣れているだけで、良くは思っていないんだなぁ。ほんと申し訳ない。
あははと苦笑い、気を取り直して戸を叩く。「はい」と落ち着いた渋い声で現れたのは、金髪碧眼の細身の男性。
「これはこれはっ! オトラ教授。どうされましたか?」
「突然お邪魔して申しわけありません。少しヴェンツェル教授に見て頂きたいものがあって、お時間よろしいですか?」
「ええ、構いませんよ。おや? 君は?」
「は、はい。僕はミナト=ルトラ。この町で守護契約士をしています。ヘンリー教授とは知り合いで……」
「ほう、その若さで守護契約士とは……」
何だかこの人の微笑み、無機質でとても異質な感じする。ちょっと苦手かもしれない。
「これは申し遅れた。私はベニート=ヴェンツェル。この大学で考古学をやっている者さ。立ち話もなんだ。二人ともどうぞ中へ」
とヴェンツェル教授は快く研究室へ迎え入れてくれた。
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