第38話 ひとつ


 遥の舌に私の舌が触れる。生暖かくて、濡れていて、少しざらついている。心臓は早鐘のように打っていたけれど、内心はそれほど動揺していなかった。驚かせてしまっただろうか? それとも引かれた? 遥の反応はなかった。未だ硬直しているようだった。だがそれでも私は自分の欲望に従った。私は自分の舌をさらに絡めた。快感の波が押し寄せる。

「ん…」

遥の吐息が漏れる。遥も…気持ちいいのだろうか? わからない。もちろんこんなことをするのは初めてだ。他の誰でもない。遥とだからしたくなった。遥とだから…止められなかった。私は再度、遥の口内に舌を入れる。もっと奥へ。もっと深く遥を感じたい。いやらしいと思った。けれど私は舌を精一杯伸ばして、遥の奥を探ろうとした。だが、

「ちょ、ちょっと待って!」

 遥の手で静止される。しまった! と思う。やりすぎただろうか。今更私は焦り始める。

「ごめん! 嫌だった!? いきなり過ぎたよね!?」

「ううん」

 遥は笑った。そして肘をついて起き上がると、自分の後頭部を撫でた。

「床、痛くて」

 どうやら遥は頭で私の圧迫に耐えていたようだった。カーペットが敷かれているものの、床は板張りだ。そりゃ痛い。気遣いの無さに自身を責める。

「ごめん。ざぶ」

 座布団でも敷く? と言いかけた。だが、それではもっとキスがしたいから準備しようと言っているようなものである。それは、何だかとてつもなく恥ずかしことの様な気がした。だが、

「布団敷こうか」

 遥が言った。心臓が跳ね上がる。

「え…」

「…嫌?」

 心臓が止まりそうだった。遥の問いかけは、いつかの遥と同じで、艶っぽかったからだ。

「嫌じゃ…ない」

 私は無意識にそう答えていた。遥は微笑むと、立ち上がろうとするので、覆いかぶさっていた私は横に退いた。遥は部屋の端に寄せてあった二つの布団のうち一つを広げ始める。私はそれを呆然と見つめていた。遥は何の為に布団を敷いているのだろう? え。そんな。まさか。ただ遥は布団を敷いているだけなのに、それは何だか驚くほど生々しく、艶かしい行為に見えた。

「よいしょー」

 と、遥は言って、毛布を敷き布団の上に被せる。そしていそいそと布団に潜り込んだ。

「あーあったかい」

 毛布にくるまる遥は可愛かった。だが、

「来ないの?」

 首を傾げて発したその言葉はそれとはベクトルの違う可愛さだった。

「じゃぁ…」

 私は布団のそばに寄る。遥が、毛布を広げておいでと誘う。私はゆっくりと、そこに収まる。遥が肩まで毛布を掛けてくれる。そして私の頬を遥が撫でた。

「遥の手あったかい」

「そうでしょー」

「手が冷たい人って心はあったかいらしいよ」

「どういう意味かな?」

「あはは」

「ふふ」

 二人で笑い合った。そして見つめ合った。遥の目をまじまじと見つめる。大きな瞳、二重で、少し垂れ目。私の大好きな美しい目だ。私も遥の頬を撫でる。窓から差す光が照らす。頬に生えた産毛が柔らかくそれを反射していた。影もそれに倣う。

遥は目を閉じた。長いまつ毛が強調される。それをそっと撫でてみる。少しこそばゆい。遥が目を開ける。その目は少し潤んでいるように見えた。私は心配になる。

「どうしたの? 泣いてる?」

「ううん。嬉しくて。幸せで」

 遥は、私の手に頬擦りをする。そして手に軽くキスをする。

「私も…幸せ」

 遥は微笑むと、私の頬にキスする。

 私は本当に幸せだった。夢見心地で、何だか本当に眠くなってきた。遥の体温が伝わる。暖かくて、私はあくびをしそうになって手で抑える。

「眠いの?」

「幸せで。眠くなってきちゃった」

 私は微笑みながらそう言ったが、遥は眉間に皺を寄せた。

「続きは?」

「続き?」

「さっきの!」

「え」

「あんなことしといて一人だけ寝ちゃうなんてなしだから」

 遥はまた私の上の覆いかぶさる。

「嫌だったら言って」

 遥はそう言うと、唇を重ねた。また、何度も何度も。そして、私の唇を舐めて、吸う。快感で吐息が漏れる。驚きと快楽ですっかり目も覚めてしまった。

「遥、起きた。起きました」

「だから何? やめて欲しいの?」

「いや…そうじゃなっ」

 遥は今度は自分から舌を入れてくる。二人、舌を絡ませ合った。

 こんな遥は見た事がなかった。何と言うか、完全に欲に染まっている。それも性欲に。だが、嫌じゃない。むしろそれは私を更に興奮させた。その欲が私への欲だからだ。他の誰でもなく、私を求めている。それに応えたい。もっと私を求めて欲しい。そう思った。

遥の唇がキスをしながら、私の頬から顎、そして首へと移る。舌先で首を舐めたのが分かった。私はびくりと反応してしまう。遥はそれを見て嬉しそうに笑った。

「笑わないで…」

「ごめん。響、可愛くて…」

「…こんなこと誰に習ったんですか?」

「んー、本とか? 映画とかかな?」

「えっちなのばっか見てるのか…」

「なっ! …知らない」

 遥は私に覆いかぶさるのを止めると、そっぽを向く。

「あー! ごめんごめん嘘嘘!」

「…知りません」

 私は慌てて起き上がって、遥を抱きしめる。

「ごめんて」

「ふーん」

 この様子だと、本気で怒っているわけではなさそうだ。良かった。

「そういう遥も好きだよ。だからさ」

「何?」

「もっとして?」

 私は柄にもなく、可愛こぶって遥に首を傾げてお願いしてみる。恥ずかしかった。だが、効果てきめんだった。遥は私を押し倒すと、私の首に顔を埋めた。そして、首筋に舌をゆっくりと沿わせた。私の体は否応無しに反応する。声が自然と漏れる。遥は何度も同じようにする。私もされる度に繰り返す。舌で沿った後は少し濡れて、遥の吐息が掛かって冷えた。そこに遥はまたキスをする。熱いぐらいに暖かかった。

 キスしながら、遥の手は私の身体を撫でた。足を、お腹を、胸を。何度も往復する。その度に撫でる力は強くなっていく。私も遥の背中を、お尻を、足を撫でる。私は遥を直接触りたくなって、服の裾に手を入れて、背中を撫でた。柔らかくて、暖かい。遥の吐息が大きくなる。そして、遥も私の服の中に手を入れた。遥の手は段々と上に登っていき、私の胸を下着越しに摩った。

「あ…」

 声が漏れる。

「いや?」

 私は首を横に振る。

遥は軽くキスをすると、優しく、ゆっくり、私の胸を揉んだ。正直、揉まれる事自体が気持ち良いかどうかは良く分からなかったが、その行為そのものが、遥が私の胸を揉んでいるという事実が、私を更に熱くさせた。

「いい?」

 遥がそう聞いてくる。

「何が?」

 遥は下着の中にゆっくりと手を入れると、私の胸の先端を軽く撫でた。私は突然襲ってきた激しい快感で身体をよじらせることになった。遥は満足そうに微笑んだ。

「いい?」

遥は再度私に問いかける。遥にはちょっとSっ気があることが分かった。

「もう…」

「ふふふ、ごめんごめん」

 私は覆いかぶさる遥を思い切り抱きしめた。

「わ」

当然遥は私にのしかかる形になる。

正直、もっと触ってほしかった。ただ、本当にちょっとだけ怖くなってしまった自分もいた。

だけど、相手が遥なら…

「重くない?」

「重くない」

 そのまま暫く、私は遥の重みを感じていた。抱きしめて横に揺さぶったりしてみる。遥は笑う。

「あはは。なんだよー」

「遥―」

「何―?」

 私はのしかかる遥の耳元で呟く。

「好きにして」

「え?」

「全部遥の好きにしていいよ。何でもしていいし、何でもしてあげる」

 遥は上半身を起こして、私の顔をまじまじと見た。そして微笑む。

「本当に?」

「うん」

「じゃぁさ、ずっと一緒にいて。一生。何があっても」

 思っていた答えと違った。

「え、そっち?」

「えっちな意味なら付き合ってるんだから当然でしょ? そんなの」

「え」

 私は一体何をさせられるんだ…。自分で言ったのに急に不安になってくる。

「それより。ずっと一緒、嫌?」

 遥はさっきまで微笑んでいたのに、急に不安そうな、今にも泣き出しそうな顔になる。

「お願い。ずっと一緒にいて」

 そして今度こそ、遥の目から一つ涙がこぼれ落ちた。私は、正直戸惑ってしまった。情緒が不安定というか、さっきまでの雰囲気とはまるで違う。遥は本当に何か怯えているようだった。私は起き上がって、遥を抱きしめた。

「…どうしたの?」

「なんか、急に不安になって。また、響がいなくなったらどうしようって…」

「そんなことない」

 私は今度こそ即答した。遥を安心させたかった。頭を撫でる。

「そんなことしない。絶対」

 遥も私を抱きしめ返した。とても強く、

「ずっと一緒にいる。約束する。一生」

「約束だよ?」

「うん。約束」

「ありがとう…」

 遥の顎を乗せた私の肩がじんわりと暖かくなる。遥の啜り泣く声が聞こえる。

「遥こそ、約束だからね」

「うん?」

「私から離れたら許さないから」

「…ふふふ、分かった」

 私たちは向き直って、キスをした。激しいキスじゃなかったけれど、遥を強く感じた。

ずっと遥を感じていたい。これから先、何があっても。遥を失うより辛いことなんてきっと無い。この温もりを、幸せを失わないためなら何でもすると心に誓う。

 暫くの間私たちは唇を重ね続けていた。遥がそっと身を離す。そして微笑みながら聞く。

「続きする?」

「何の?」

「何のって、分かるでしょ」

 遥はそう言うと、手を私の服の中に滑り込ませる。もちろん、途中で制止する事もできたが私はそうはしなかった。またも激しい快感が襲う。自分でもびっくりするぐらい、いやらしい声が出た。

「うわっ。かわいい…」

 遥の目の色が変わった気がした。遥は優しく、けれども、何度も、私の先の方を撫でた。その度私は身をよじって声をあげた。遥はそうしながら、私の口に、頬に、耳に、首にキスをする。遥の息も上がっていた。遥も興奮している様子だ。嬉しい。遥に、私の身体で、性的な欲求を満たして欲しいと思う。満たされたいと思う。もっと、もっと。

そして…遥の手が段々と私の下腹部へ向かっていった。服を指で押し退け、下着の下へ。恥ずかしい。けれど、もうこの時、私は遥に触ってほしくて堪らなかった。遥がきく。

「いい?」

私は言葉を発さず、何度も頷いた。遥が微笑む。

そして…湿りきった私のソレに指を這わせた。私は声にならない声をあげる。遥の肩にしがみ付く。

「大丈夫?」

 遥が優しく問いかける。

「だ、大丈夫。けど、ごめん、すぐ…、あれかも…」

「ふふふ、いいよ」

 遥はそう言って、指を動かし始める。私は身体を仰け反らせた。もう何も考えられない。

「だめ…」

 つい声に出てしまう。

「じゃぁ、やめる?」

 遥が指を止める。

「意地悪しないで…」

「ふふふ、響、すごいかわいい…。大好き」

「私も大好き…」

 遥は私の頬にキスをする。そして、指の動きを再開する。優しく、でも少しずつ強く、早く。それに比例して、私の快感も増していく。ソレはもうそこまで来ていた。

「遥っ…だめ…!」

「いいよ…響」

 遥は貪るように私にキスをした。指の動きも一層激しくなる。

もう…だめ。

信じられないほどの快感が駆け巡る。全身の筋肉が一瞬にして強張り、そして、一気に解放された。息が止まる。全身が痙攣を起こし、頭は白く飛んだ。







「響? 大丈夫?」

「え…う、うん」

 まだ息が上がっていた。何だか少しだけ意識が飛んだ気がする。私は起き上がって見下ろしていた遥の肩にしがみついた。

「気持ちよかった?」

 私は頷く。

「ふふふ、よかった」

 遥は嬉しそうに笑った。遥に頭を撫でられる。心地よい。でも、もう力が入らない。だらりと、布団に崩れ落ちる。

「もうだめ」

 遥は微笑むと、私にキスする。そして、

「…疲れちゃったよね。水持ってこようか?」

 遥が立ちあがろうとするので、私は遥の手を取る。

「逃さん」

「あはは。何それ」

 私は遥の手を強く引いて布団に倒す。

「今度は遥の番ね」

「疲れちゃったでしょ?」

「いいから」

 私は遥に跨って、キスをした。

「遥にも気持ち良くなってほしい」

「ふふふ、じゃあ、お願いします」




私たちはそれから何度も求めあった。時間の許す限り何度も。

お互いの見たことのないところを見せ合って、触り合って、舐め合って。それはこの上なく幸せだった。いやらしいと思う。不健全かもしれない。でも、私は遥とのセックスで確かに幸せを感じていた。お互いを確かめ合う。存在を肯定し合う。私はその幸せの中で命を、生を初めて実感した。

遥と私は間違いなく一つになった。もう一人じゃない。遥がいる。私の大好きな。愛する人。

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