第28話 ユメ


辛い。苦しい。堪らない。耐えられない。

その全ての言葉を足しても足りることはない。表現できる言葉を私は持ち合わせていなかった。ただ、痛い。とにかく痛い。胸が、頭が、心臓が痛い。

ふと思う。

「別に良いじゃないか。友達が一人減っただけだ」

痛い。

「普通に喋りかければ良い。普通の友達に戻るんだ」

痛い。

「またきっと別の好きな人ができるはず」

痛い。

何を考えても痛みは増すばかりだった。

自問する。何故こうなった。上手くいかなかった。私と響は、上手く、私の求める形に収まるどころか、崩壊した。

無理やりキスをしたからか?

 違う。

時間が解決してくれたのか?

 違う。

踏み出すべき一歩を間違えた?

 違う。

何もかも違う。正解なんて分からない。元から存在しなかったのか。嫌だ。そんなのは。最初から全て間違っていたなんて認めたくない。響に出会わなかった方が私は幸せだったのだろうか。響に恋心を抱かなければ、私は幸せだったのだろうか。認めたくない。そんなのは。おかしい。それこそ間違っている。誰かに恋することが幸せと真逆の位置に存在しているなんて。認められない。そんな悲劇を看過できない。馬鹿らしくて腹立たしい。苛立ちで叫び出したくなる。私の涙と血でぐちゃぐちゃになった心はそれでも尚、響の存在を肯定している。肯定したがっている。

 だが、響と山中君、二人が一緒に帰る姿を目にした時、私の心の何かがはじける。

響は、私がいなくても生きていけるんだ…。私はこんなにも惨めな思いをしているのに…。二人で過ごした日々は一体なんだったんだ…。

 私は、響に怒りさえ感じ始めている。その感情を必死に振り払う。が、問い詰めたくなる気持ちが次第に強くなっていく。彼氏ができたらもう私はお払い箱ということなのか? 一度キスしたぐらいでなんだと言うんだ。そんなこと仲の良い友達同士ならあることだろう? 私は彼氏ができるまでの繋ぎでしかなかったのか。ずっと友達だって言ったじゃないか。あの言葉は嘘だったのか?

嫌だ。考えたくない。

考えたくないことは他にもある。二人の仲はどこまで進んだのだろう。この考えは私を更に暗く深く苦しい場所へと追い込む。

手は繋いだのか? ハグは? キスはしたのだろうか? それとももっと先へ…?

胸を八つ裂きにされたような痛みが走る。こんなこと考えてはいけない。考えても意味はないのはわかっている。何故なら響は私のものじゃないのだから。今までも、これからも…

だが、嫌で堪らない。心に熱くてドロっとしたものが纏わり付く。

響が、「私の」響が、汚れてしまう。一度つけられた汚れは二度と消えない。そんなのは嫌だ。身勝手な考えであるのは百も承知だ。

これらの荒々しく渦巻く感情の波を必死で押さえ込もうとする。解決策を模索する。だが、そんなものは存在しなかった。

何を食べても味はしない、寝むれない日々が続いていた。目覚めると同時に痛みが襲ってくる。それを飲み込んで家族と接する。愛にはことの顛末を話した。愛は自分のことのように辛そうに泣いたが、愛に私の本当の苦しみがわかる筈もないだろうと、少し冷めた目で私はそれを見ていた。学校生活も酷いものだ。友達と会話することは極端に減った。喋る気が起きないということもあるが、響に気がついて欲しかった。私は孤独だと。響がいなきゃダメなんだと。でも、そんなアピールに気が付いているのかいないのか、響は私の方に一瞥もくれない。

部活も辞めてしまった。こんな胸中で部活など頑張る気になんてならなかった。それにあそこには私の居場所はない。その証拠に私の退部を必死で止めるモノは顧問位なモノだった。

私はいよいよ孤独になった。だが孤独は誰かと居れば無くなるモノではない。一緒にいたい人と居る時だけ、無くなるものなのだ。だから今、響といない私は誰と一緒にいようが変わらない。家族だろうが、友達だろうが、この孤独を癒すことは出来ない。

 よくある話なのだ。失恋など。大概の人生には付き物だろう。今までは、友達の話や、小説、映画などで見聞きしていたそれに何か特別な感情を抱くことはなかった。だが今は、共感という言葉でもこの苦しみを表現するには至らないだろう。

私はこれが、この苦しみこそが人生であり、死だと思った。私はこの死にたくなるほどの苦しみの中で自分の「生」を初めて実感したのだった。






私は今日も歩く。響と初めてまともに会話したあの河川敷を。毎晩ここに来ては、私の胸は締め付けられた。響がいないことを確認しなければ気が済まなくなっていた。もしかしたら、またここで響に出会えるかもしれない。響が私を待っているかもしれない。いるはずが無い。でも、本当にもしかしたら、また私と会いたいと思ってここにくるかもしれない。無い。そんなわけある筈ない。信じてない。でもダメだった。夜が来るたび私はいるはずのない響を待たせてはいけないと足早に土手に向かう。居ないと確認して落胆する。自分の行動が意味のないことだと分かっているのにやめられない。

響がいない。それをいまだに私は認められていなかった。

自分でも分かる。私は壊れかけていた。






最近は夢をよく見た。

響と元の関係に戻れる夢

響に告白される夢

響が私の告白を受け入れてくれる夢

夢の中の私は泣いて喜んだ。響を抱きしめてわんわん泣いた。

目が覚めると枕がぐっしょりと濡れていた。そして更に溢れ出す涙が枕を濡らすことになる。

この幸せな夢達は、現実と共謀し、私の心を打ち砕いた。

私は夢を見るのが怖くなる。睡眠時間も自ずと減っていった。


学校へ行くことが少なくなってくるのはもはや必然だった様に思う。

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