第20話 あやまり


 遥の手助けもあり、今回のテストは今までよりは良い出来だと思われた。少なくとも赤点は間違いなく免れただろう。

テスト前、テスト期間中も遥に勉強を教わりにくる生徒は多かった。相変わらず遥は嫌な顔一つせず、皆に笑顔で応対していた。私も相変わらずそれを冷めた気持ちで見ていたのだが、遥が嫌がっていない以上、私の出る幕はない。一度嫌じゃないか聞いたこともあったが、遥は「頼られるのは嬉しい」と言っていた。私は遥のそんな優しさにモヤモヤとした感情を覚えた。博愛主義というか、お人好しが過ぎると思う。遥に勉強を教わっているのは私も同じだが、私は普段から遥と一緒にいる。必要な時だけ擦り寄ってくるお前らとは違う。かと言って、普段から擦り寄って来られるのも何だか嫌だ。分かっている。要は嫉妬しているだけなのだろう。遥と友達になる前にも持っていたこの感情の名前が嫉妬だったと今になって分かったのだ。友達でもないのに嫉妬していたなんて、自分でも思うがちょっと怖いものがあるので遥には言えない。でも、今なら嫉妬するのも許されるのではないかと思っている。私は遥の友達だ。多分、1番の。

私たちは最後のテストが終わると、二人で駅前のファミリーレストランに来ていた。テストはお昼までだったので、同じように昼食を食べにきた同じ学校の生徒がちらほらといた。

「やっと解放されたー。長かったー」

「ふふ、お疲れ様でした」

「遥どうだった?」

「んーまぁまぁ」

「遥のまぁまぁは私の遥か上を行くんだろうなぁ…」

「そんなこと…無くは無いか」

「こらー」

「ふふふ」

「あ、飲み物取ってくるよ。遥何がいい?」

「あ。ありがと。じゃぁ烏龍茶で」

「オッケー分かったー」

 私は店の奥にあるドリンクバーへと向かった。

 グラスを二つ取り、自分のグラスには氷を2個と、アイスティーを入れる。遥は…寒がりなので、多分氷はいらないだろう。烏龍茶を注ぐ。ガムシロップとミルクを手に持って、二つのグラスをこぼさないよう慎重に運んだ。顔を上げ、自分達の席を見ると、知らない男子生徒が私の席に座っていた。そしてその隣には山中が立っていた。

「あ」

 山中は私の存在に気がつくと、あからさまに「やべ」といった表情をした。見知らぬ男子生徒は遥と話しているようで私には気が付かなかった。

「ちょっと、邪魔なんですけど」

 私は自分でも驚くほど一瞬で不機嫌になり、そう言っていた。

「おい、鈴木! もう行くぞ!」

 山中が手で促す。

「あ、ごめんねー」

鈴木と呼ばれた男子生徒は、私を見て、そう言うと、席の奥に詰める。

…なんなんだこいつ。…退くどころか私に隣に座れと…? 私が唖然として固まってしまった。山中は私の顔を見るとギョッとして焦りだす。

「おい、鈴木! もういいから行くぞ!」

「えーなんでよー。橘さん一人でさみしそうだったじゃん」

 女子高生が一人でファミレスに来るはずがないだろう。何を言っているんだコイツは。

 遥は…戸惑っている様子だった。私はグラスを机に置くと、鈴木の隣ではなく、遥の隣に座った。

「誰」

「え、俺? 鈴木聡です。よろしくねー」

 誰がよろしくするもんか。図々しい。

「遥友達なの?」

「…まぁ」

「えーまぁって酷くない? 仲良いじゃん。なんてね」

 鈴木は笑ってそう言うが、私含め他の三人は全く笑っていなかった。山中は相変わらず立ったまま、鈴木の腕を引っ張る。

「おい、ほんと、やめろお前。邪魔だから。空気読めよマジで」

 山中、もっと言ってやれ。

「え〜、橘さんともっと喋りたいしー」

「あはは…」

 遥も引き気味だ。山中が前に言っていた。遥のことを好きな男子の一人ってコイツなのか? こんなヤツは、無理。そう、無理。それだけだ。遥が困っている事にも気が付かない。こんな奴が遥を好きってだけで何かドス黒い感情が湧いてくる。遥はこういう時、何か言えるタイプじゃない。私がなんとかしないと…

「あの」

「何? 境さん」

 私の名前を知っているのか。それも腹が立った。私は怒りに任せて言ってしまった。

「遥、あなたのこと嫌いだって」

「えっ」

「え! ちょっと響!」

「空気読めないし迷惑してるって。遥はっきり言えないから私が言うけど。無理だって」

「いや、そこまでは思ってないけど…」

 鈴木は顔が引き攣ったまま硬直している。

「山中」

「はいっ!」

「私たちもう行くから、店員に言っといて。これお金」

 私は財布から二千円を取り出すと、机に置いた。

「じゃ」

 私は二人分の鞄を持つと、遥の手を引っ張って席を立った。

 店を出る時、席を見ると、山中が鈴木の肩をポンポンと叩いていた。






 私たちは店を出ると近くの公園のブランコに座った。小さな公園で、ブランコと滑り台しかない。私たちの他には人がいなかった。

「あー腹立つ! ご飯食べ損ねたわ!」

「あはは。響が出てったんじゃん」

「だってあいつと同じ空間に居たくないじゃん!」

「そこまで言う?」

「遥ほんとにあいつと友達だったの?」

「うーん。一年の時同じクラスだった。今でもよく喋りかけられる」

「無理。マジ無理っ!」

「響言い過ぎだよー」

 私は遥の言葉で少し冷静になる。確かに怒りに任せて言い過ぎたかも知れない。ちょっと可哀想なことをした。それに遥が本当に嫌がっていたかなんて分からない。私は勢いよく漕いでいたブランコを足で止めた。

「ごめん遥。遥、本当はアイツのこと嫌じゃなかった?」

「んー、嫌ってほどではないけど………ごめんやっぱ嫌かも」

「あはは。良かった」

「でも言い過ぎだよー」

「んー確かにそうだね…。ちょっと言い過ぎたかも。今度山中から謝っといて貰おう」

「自分では言わないんだ」

「それは嫌」

「もう…」

「鈴木? だっけ。遥のこと好きだったのかな?」

「さぁ」

 遥は急に冷めた表情をした。本当に興味がなさそうだった。自分も大概なのは分かっているが、鈴木が急に気の毒になった。本当に山中に頼んで謝って貰おうと思った。

「本当に鈴木が遥のこと好きだったのなら、私、最低かも」

「なんで?」

「告白してもいないのに、フラれたんだよ? しかも関係ない人から間接的に」

「確かに」

「ああー! なんであんなこと言っちゃったんだろー! 私の馬鹿!」

 私は頭を抱えた。今更だが、本当に申し訳ないと思い始めた。あそこまで言われるほど鈴木は悪いことはしていなかった。考えれば考えるほどそう思う。やり方は下手だったかも知れないが、鈴木が本当に遥を好きだったとすると、私は鈴木の恋心を心無く潰したことになる。

「響、またネガティブ状態だ」

「だってさー。はぁ…。自分で謝るべきかも…」

「別にいいよ。私鈴木くんのこと好きでも嫌いでもないし。仮に告白されたとしても困るだけだし、あれで諦めるならそれまででしょ。それに早めに諦めて他の人のこと好きになった方が鈴木くんの為でもあるよ」

 遥はあっけらかんと言った。

「遥…」

「何?」

「なんか怖い」

「え!」

「冷たい」

「なんで!」

「酷くない?」

「響に言われたくない!」

「いや、そうなんだけどさ」

遥の意外な一面を見た気がした。言っていることはもっともなのだが、なんとなく遥らしくないと思った。テスト期間中だけ集まってくる連中にはあんなに親切なのに、自分のことを好きかも知れない男子には特に興味を示さない。不思議だった。まぁ、いろんな男に色目を使うよりは断然マシなのだが。そう考えると、ある意味では優しさと言えなくもないのかも知れない。

「遥って男らしいところあるんだね」

「何それ! どういう意味?!」

「いや、いい意味で。変に気を持たせない的な」

「そうなのかな? 普通じゃない? 可能性無いのにあるフリしてたら可哀想じゃない?」

 可能性無いって…鈴木…

「でも今までは普通に鈴木とも喋ってたんでしょ?」

「うん。他の人と同じ様にね。大体鈴木くんが私のこと好きなんて考えもしなかったもん」

「そうなんだ…」

 遥は自分に向けられている好意が男子から女子に対するソレとあまり考えないのかも知れない。自分がモテるとも知らずに。

「響は?」

「何が?」

「好きでも無い相手に好かれたら、どうするの?」

「え…。うーん。どうなんだろ」

「嬉しい?」

「誰かに好かれるのは嬉しいけどなぁー。好きでも無い相手となると…」

「じゃぁ好きな人だったら?」

「え! そりゃ嬉しいでしょ」

「じゃぁ好きなんだけど、恋愛感情とは違う好きな人だったら?」

「えぇ!? 何それ。具体的には?」

「それは………なんでもない」

「えーなんだよー」

 遥はブランコから立ち上がる。

「響。お腹すいた。うちでご飯食べようよ。なんか作るから」

「え! いいの? やったー」

「ふふふ。行こ」

「うん」

 遥は手を差し出した。私はその手を取って立ち上がる。そのまま手を繋いで遥の家に向かった。





 休み明けの月曜の放課後、私は山中を探していた。遥はいいと言ったが、やはり自分の気が収まらなかった。自分としては謝りたい、でも遥はいいと言っている。そこでやはり間を取って山中に伝言を頼むことにした。我ながら卑怯だと思う。けれど、人に謝罪するのはとても勇気がいる。私にはその勇気が少し足りていなかった。ただ、山中を探していて、もし鈴木に遭遇したら、その時は直接謝ろうと決めていた。そう決めていたのだが、山中はあっさり見つかった。写真部の部室に普通にいた。

「あ、境じゃん。珍しっ。やっとやる気になったか」

「ちょっと、山中」

 他の部員も数名いたので、私は部室の外から手招きする。

「え、なに? 入りなよ」

「いいから来い!」

「え。はい」

 山中は拭いていたカメラを机に置くと、こっちへ小走りで来た。

「今日は河原まで写真撮りに行くけど」

「そんなことどうでもいいから!」

「いや、お前何しにきたんだよ…」

「あのさ、この前の、ことなんだけどさ…」

 私は口籠もった。

「ん? この前?」

「ファミレスで…」

「あー。あの時か。悪かったな。邪魔しちゃって」

「いや、それはいいんだけど…鈴木にさ、ちょっと言い過ぎたかなって」

「あー良い良い。気にしないで良い。あいつ空気読めないんだよ」

「でも、ちょっと酷かったかもって思って、謝っといてくれない?」

「え? いや良いよ謝らなくて。あの後、新しい恋探す! って気合い入ってたから」

「は?」

「そういう奴なんだよ」

 私は気が抜けた。私のこの申し訳ないと思っていた気持ちはどこにやったら良いんだ…。鈴木、よく知らないがアホのようだ。

「やめろって言ったんだけど聞かないんだもんあいつ。無駄なのにさ」

心配して損した…もう今後は鈴木のことは考えないで生きていこう…

「だってさ、橘と付き合ってるでしょ」

「は?」

「え、境と橘って付き合ってるんでしょ?」

「え?」

「え?」

 私は山中が何を言っているか分からなかった。

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