第13話 けいかい

今日は遥と一緒に帰る約束をした。この前のことをちゃんと聞いてみようと思ってだ。そのため遥の部活が終わるまで時間が出来てしまった。いつも遥を待つ時は教室でダラダラと過ごすのだが、それも芸が無いので今日はなんとなく図書室に向かってみる。放課後の図書室は思いのほか生徒が沢山いた。皆、大抵は教科書や参考書を開いて勉強をしている様子だ。「そうか、もう少しで期末テストだからか…」少し憂鬱な気持ちになる。私は勉強が得意ではない。テスト前はそれなりに勉強もするが、その時だけだ。赤点を取らなければそれでよかった。居心地は良くはないが、暇なので図書室内をフラフラとする。私は本をほとんど読まないし、図書室にくることも稀だ。色んな本を手に取りパラパラと捲るが、あまり読む気にはなれない。あとで遥におすすめの本でも聞いてみるか…。彼女はよく本を読んでいるが、あまり話題にしたことはなかった。

ふと思う。仮に私の杞憂ではなく、遥が私のことを恋愛対象として好きだった場合。私の答えようによっては遥と友達ではいられなくなるのではないか? こうして彼女と帰るために時間を潰したり、おすすめの本を聞くことも出来なくなるのではないだろうか。私はまたひとりぼっちになってしまうかも知れない。谷さんと話して、遥と自分に向き合おうと思った。けれど、私はそこまで考えが及んでいなかった自分に気が付く。急にまた恐怖が押し寄せてくる。私は考えることをやめることにした。きっと気のせいだ。遥が私を好きだなんてこと、きっと無い。どうせいつもの考えすぎだ。「好きな人いるの?」と聞いて、「いない」もしくは居ても私でなく別の誰か、普通に男子の名前が上がるに決まっている。…ん? 待てよ…そういえば遥は前に「彼氏は欲しくない」みたいなことを言っていたような…。

私は『教育』の本棚の前で立ち止まる。保健体育関連の本の中から、同性愛に関する書籍が目に入る。私はその本を手に取ろうと手を掛け…

「境だ」

「わぁ!」

 突然掛けられた声に声をあげてしまう。図書室中の視線が私に集まる。声をかけて来たのは同じ写真部の山中だった。前に遥を待っているときに教室に来ていた男子だ。

「うわ、なに大声出してびっくりした!」

「急に声かけるからじゃん! こっちこそびっくりした!」

「いや、普通に呼んだだけじゃん!」

「もっと、いますよーって雰囲気出してからにしてよ!」

「いや、いたし! 普通に!」

「あの〜、すいません」

次に声をかけて来たのは首に図書委員と書かれた名札をぶら下げた気の弱そうな女の子だった。

「できれば、あの、お静かにお願いします…ごめんなさい」

「…いえ、こちらこそごめんなさい」

私は山中と図書室からそそくさと逃げ出した。





 私は行くところもないので自分の教室に向かう。

「追い出されたじゃん…」

「いや、境が大声出すからでしょう」

 山中は私のすぐ隣を歩く。私より背が10センチくらい高い、170半ばと行ったところだろうか。普段いつも隣にいるのは155センチの小さな遥なので違和感がある。圧迫感というのだろうか。

「で、なんか用?」

「いや、暇で」

「部活行け」

「今日は無いの。それに境には言われたくないかな」

 山中はなぜついてくるのだろうか。まぁ、暇なのは私も同じだしいいか。良い暇つぶし相手が出来た。利害の一致というやつだ。教室に着くと私は自分の机に突っ伏す。

「はぁ…」

「どうしたの? なんかあった?」

 山中は私の隣の席に私の方を向いて座った。

「別にぃ」

「おじさんになんでもいうてみ?」

「誰なんだよ。嫌だよ。知らないおじさんに喋るかっ」

「そりゃそうか。あはは」

 山中は一年の頃、写真部で一緒になってから気軽に喋りかけてくる。仲がいいというわけではない。顔を合わせると多少会話をする位の間柄。クラスも2つ隣だ。男子にしては喋りやすい。こうして冗談まじりの会話をする。それだけだ。

「境、図書室で何してたの?」

「暇潰し」

「なんだ同じじゃん。あ、あれか、またあの子待ってるのか。なんだっけ、え〜っと、橘だ!」

 ドキリとした。前にも同じ状況があったので山中の指摘は別に不思議ではないのだが。遥の話題を出されたからだろうか。それとも山中が「橘さん」と敬称付きで呼ばなかったからだろうか。

「…そうだよ」

「へー仲良いんだ」

「まぁ、最近ねー」

 私はなぜか誇らしい気持ちで答える。

「橘って男子に人気あるよね」

「だろうね〜って、え」

「たまに話題に出るもん。『橘さんて可愛いよね』って。好きなやつも何人かいたような。あ、ここだけの話ね」

「は?」

 そう言われた時の私の気持ちは…説明できないほど嫌な気分だった。遥は可愛い。それは私が一番よくわかっていると思う。顔はもちろんだが、面倒見の良いところとか、ちょっと悪戯っぽいところとか…あげたらキリがない。でも、それを知らない男子たちが遥を狙っている? 好きだと言っている? とてつもない嫌悪感が私に押し寄せる。そしてそれはなぜか激しい怒りに変わった。

「それ、誰」

 私は山中に詰め寄る。

「え、それは言えないでしょ」

「誰」

「いや、誰と言うか、みんな?」

「みんなって、山中もか」

「いや俺は違うし! 俺もだったらこんな話しないでしょ!」

「じゃあ誰だ」

「ちょっと、どうした境! 怖いんだけど! 落ち着け!」

「あ…ご、ごめん」

 取り乱してしまった…ちょっと落ち着こう。山中も思いっきり引いている。よくよく考えれば当たり前のことだ。可愛くて頭も良い。モテないわけがないんだ。でも私は許せない気持ちでいっぱいだった。遥は私と友達になるまで間違いなく孤独を感じていた。それを感じ取れもしなかった男子たちが遥のことを可愛いだの好きだの言っていると思うと虫唾が走る。そんな奴らに噂になっていると考えるだけで怒りが沸々と湧き上がる。でもこの気持ちを山中にぶつけてもしょうがない。そういう男子たちがいるとしても、山中にも付き合いがある。言えない気持ちもわかった。

「…大丈夫?」

「…ごめん。大丈夫」

「なんか、触れちゃいけない感じだったかな…。悪かった。ごめん」

 山中は本当に申し訳なさそうに頭を下げた。

「いや、いい。山中は悪くない」

「そう、ならよかったけど…」

 気まずくなってしまった。何か冗談でも言って場を和ませよう。

「私は?」

「ん?」

「男子人気。結構あるでしょ?」

 私は少し恥ずかしかったが、わざとらしく自信ありげに答える。

「うん。結構あると思う」

「え」

 思っていた答えと違ったので私は言葉を失った。








まただ、響が男子と一緒にいる。私は言い知れぬ不快感を顔には出さず、笑顔で教室に入る。男子生徒は私がくるとすぐに行ってしまった。

「響―お待たせー」

「お疲れ」

 響は私の顔を見るとなんとも言えない表情をした。あの男子と何かあったのだろうか? 私は迷わず聞いてみる。

「どうしたの? 何かあった?」

「ううん…」

何か含みがある。響は分かりやすい。男子と何かあったなら聞き逃すわけにはいかない。

「…さっきの男子に何か言われたの?」

「え。いや、う〜ん。言われたというかなんというか」

「何―言ってよー」

「なんかね…遥、男子に人気あるんだって」

「私? …そうなんだ」

 正直どうでもよかった。気になるのは響がそれを聞いてどう思ったかの方だ。

「遥はさ、嬉しい?」

「全然」

「そっか…」

 私の願望からそう見えたのだろうか。響は少しホッとしたような顔をした。

「それを言うなら、響の方が人気あるでしょー」

 私はわざと悪戯っぽく聞いてみた。

「あ、いや、遥ほどじゃないと思うけど、うん、なんか、少しは、あるらしい…びっくりだけど」

 これは思っていた反応と違った。

「え。嘘」

「びっくりだよね…嘘だと思うよね」

 私は言葉を間違え、慌てた。

「いや、嘘って言うのはびっくりしただけで! 響が人気なさそうとかそう言う意味じゃないから!」

「なんかそれ逆に傷つくんだけど…」

「ごめん! 本当に! 響スタイルいいし、性格もいいし、可愛いもん! 人気あって当たり前だよ!」

「いや、それはない」

「いやいや、本当に!」

 言っていて恥ずかしくなってくる。好きな人を目の前でこんなに褒めることがあるだろうか。

「ふふ」

 私はおかしくなって少し笑ってしまう。

「あ! 笑った! やっぱり人気ないと思ってたんだ!」

「違うよ! 本当に。けどなんか可笑しくなって来ちゃって。ふふふ」

「もう」

 響はそうジトッと私を見つめて言ったが、次の瞬間には笑っていた。本当になんて可愛いんだろう…と思った。でもこれは口には出さなかった。

「帰ろっか」

「うん! 帰ろ」

 しかし、やっぱり響は男子に人気があったのか…気をつけないと…私は心の中で警戒心を高めた。特にさっきの男子は。響は気にもとめていないみたいだが。要注意だ。





「そういうことなのか…?」

 図書室にいる山中の手には、響が手に取ろうとした同性愛に関する書籍があった。

 

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