第12話 ちかい

 やりすぎただろうか…

私は帰り道、考えていた。なんとか平常心を保ちつつ響と過ごし、私は響宅を後にしていた。響の家に行きたかったのはあんなことをする為じゃない。ただ単純に好奇心と、響がどんな生活を送っているのか知りたかっただけだ。なのに私は、響の肩にもたれかかった。響の匂いのする、響の部屋に入って、響の隣に座って、私は…。響に触れたくなる衝動を抑えられなかった。

 響に受け入れてもらいたい。その想いは変わらないが、あんな方法は取るべきではなかった様に思う。響はとても驚いていた。それは手に取るように感じた。でも、私はもたれた頭を戻すことなく、響の肩から伝わる熱を感じていてかった。

私は不意に涙が出そうになって堪えた。

私は、私のこの想いをどうするべきなのだろう。もし想いを伝えて、響に受け入れられなかったら? おそらく友達ではいられないだろう。それは嫌だ。嫌なのに、私は、この想いをこのまま胸に閉じ込めておくのは不可能な気がした。でもそれを受け入れてもらうのはもっと不可能な気がする。どっちへ行っても先が真っ暗な道に迷い込んだような感覚だ。手探りで進んでも、正解の道なんか存在しない。そんな絶望感が押し寄せて、私を追い立ててくる。

 今の世の中、同性愛に寛容になりつつあると聞くけれど、いざそれが自分に降り掛かると、どうしても躊躇わざるを得ない。自分は普通とは違うと考えてしまう。

なんでこんな思いをしなければならないんだ。そんな怒りさえ湧いてくる。だが、響に会いたくなかったとは考えられなかった。響が私に声をかけなければ、私に友達になろうなんて言わなければ、こんなことにはならなかった。でも、その全てが私にとってかけがえのない、大事な、何より大事な私の人生の一部になっている。それを恨む事なんて出来ない。

胸が酷く痛んだ。こんな時そばにいて欲しいのは、やっぱり響しかいなかった。

「…響」

 私は小さな声で呟いた。さっきまで一緒にいたのに、もう私は響に会いたくなっていた。私はどうしよもなく、響が好きになっている。そう、私は女の子が好きなんじゃない。響が好きなんだ。

 私は覚悟を決めなければならない。響を諦める? 違う。そんなこと絶対に出来ない。なら、出来ることは一つだ。

「響に私を好きになってもらう」

 私は胸に誓った。何ができるかはわからない。でも、私は精一杯、努力するしかないんだ。先は見えないけれど、私は暗い道へと歩き出した。







次の週、いつもの様に遥と一緒に学校へ行く。私は遥に何か変化があるのではないかと考えていたが。遥の様子は至って普通だった。笑顔で挨拶を交わし、並んで歩く。土曜日のことが夢だったのではないかと思えるほど、いつもと変わらなかった。

 また私の考えすぎだったのだろうか。よくよく思えば、肩にもたれ掛かるなど、大したことではないし、私も別に嫌な気持ちになったわけではない。ただびっくりしただけ。友達同士で触れ合うことなど、今までの人生で無かっただけで、普通のことなのかもしれない。ただ、遥の艶っぽい声は耳に残っている。それはまるで甘えてくるような…誘っているような…。だめだ。それこそ考えすぎだ! 誘う? 一体何を?! 私は馬鹿か! 

…でも、もしも、本当に、仮に私の感じたことが正しかったら? 遥が私のことを、恋愛対象として見ていたら? 私のことを好きだったら? 

 嫌じゃないかも知れない…そう思う自分がとても怖かった。何かが全てひっくり返るような気がする。遥との関係はおろか、自分の人生そのものが大きく変容してしまう。それは酷く恐ろしいものだ。友達を作るなんて変化とは訳が違う。

 土曜日、遥が怖いと感じたのはこの為だったのかと、自分で納得した。遥に対する恐怖ではなく、変化に対する恐怖だ。変化が怖いと思い続けていた人生だ。そう簡単に受け入れられるものではない。

 だが、これらの考え全てがただの勘違いの可能性ももちろんある。私は最善と最悪しか想定できない。この場合、どちらが最善でどちらが最悪かはわからないが…。私はどちらでもない可能性を考える。遥がもたれかかって来たのはただ誰かに甘えたいだけだった可能性もある。もしかすると何か悩みがあるのかもしれない。ずっと一人考えていてもしょうがない。私は遥に聞いてみることにした。

「遥―」

「んー? なにー?」

「なんか悩みとかある?」

「なんで? 急にどうしたの?」

「いや、なければ良いんだけど、あるのかなぁと」

「あるよ」

「え、やっぱりあるんだ。もし、言いたくなければ良いけど、聞くよ?」

「ふふ、ありがとう。でもまだ言えないかな」

「まだ?」

「うん。まだ、響には言えない」

「私以外には言えるの?」

「ううん。私が悩みを言えるのなんて響しかいないよ」

 何だか、嬉しいような、淋しいような、切ない気持ちになる。

「じゃぁ、言ってくれるの待ってるよ」

「うん。ありがと」

 遥は笑ってそう言ったが、私の疑問はこのやりとりでは解決しなかった。また、遥が言う悩みの正体を確かめるのに躊躇している自分がいることに気がついた。「好きな人でもいるの?」なんて、とてもじゃないが聞けなかった。







 私はいつも通り谷さんと昼食を取っていた。遥のことを考えながら、お弁当をつまむ。

「なんか今日は機嫌良さそうじゃん」

 谷さんの発言にはとても驚いた。

「え。うそ。なんで?」

「え? 違うの? なんか嬉しそうな顔してたから」

 嬉しそう? 自分では全く気が付かなかった。そんな顔を私はしていたのか。

 私は今までこんなに深く悩んだことは無いと思っていたのに…私は、遥に好かれて嬉しいのか…。

怖い。再度、私に恐怖が迫ってくる。それを認めたら、一体どうなってしまうんだ…。

「あ、怖い顔になった」

「谷さん」

「何」

「…女子が……やっぱりなんでも無い」

「良いから、言いなさいよ。誰にも聞かれてないんだから。それに私が誰かに話すと思う?」

「…じゃあ、言うけど」

 私は一度深呼吸して、心を落ち着かせる。

「女の子が、女の子を好きになるって、どう思う?」

 谷さんの顔つきが変わったのがわかった。今まで見たことのない、真剣な顔つきになった。

「それ、あんたの話?」

「いやっ…わかんない。でも、どうなんだろ、もしかしたら、友達がそうかもしれなくて…」

「…なるほど」

「いやっ、もしかすると私の勘違いかも知れないから、あんまり大袈裟に捉えないで。ほんと」

「わかった」

 谷さんはお弁当を食べていた箸を置き、私のほうへ向き直す。

「あんたぐらいの歳、いわゆる思春期にそうやって、同性に恋愛感情を持つことって、少なからずあることなの。みんな言わないだけでね」

そうなのか…。

「お偉い先生なんかは、それは一過性のもので、誰にでも起きうる成長の過程だと言う人もいる。それは成長していくうちになくなっていくのが自然だって」

一過性のもの…

「でも、そうじゃない人がいるのもわかるよね?」

「…うん」

「子供だろうが、大人だろうが、ずっと同性のことが好きな人も多くいる。以前はそういう人たちのことを差別することも沢山あった。でも今はそれを認めよう、他の人と変わらない。って流れが世界で大きくなってるの」

「でも…実際は、そう簡単じゃない…と思う」

「そうだね。同性婚が認められている国もあるけど、みんなの気持ちってそう簡単に変わるものじゃない。奇異の目で見られることもいまだにあるだろうね。日本じゃまだ同性婚も認められてないし。差別発言をする人だって沢山いる」

「じゃあ…どうしたら良いの」

「ほんと言うと、私もよくわからない」

「え」

 谷さんは苦笑いを浮かべた。

「ごめんね。頼りにならなくて。でもそれが私の正直な気持ち。人を好きになるって、すごく素敵なことだと思う。けど、それに精神的な苦痛が伴うことに、今の世の中じゃなると思う。手放しで「良いじゃない」なんて無責任なこと、私は言えない。沢山苦しむだろうし、沢山辛いことがあると思う。もちろんその分、良いことも、嬉しいこともあるんだろうけど」

 …私は何も言えなかった。

「でも、そう考えると、異性との恋愛もあんまり変わらないのかもね」

「そうかな?」

「そうだよー。異性だからって全てうまくいく訳じゃないでしょー」

「そっか。だから谷さん独身なのか」

「こらこらー余計なこと言うなー」

私と谷さんは笑い合った。正直、谷さんに話して問題解決はしなかった。けれど、少しだけ気持ちが楽になったような気がした。

私の勘違いかも知れない。でも、やはり遥に直接聞いてみるしかないと思った。もし、勘違いじゃなかったら、遥の気持ちを聞いて、私は遥と、私自身と真剣に向き合うと誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る