第34話 後日談「モシナナ」

 ビルの階の途中には「10」や「20」といった、階数の表記である黄色の電子ランプが映されていた。



 二人が高層ビルの中腹あたりにボルボを幅寄せすると、そばにあった窓ガラスのような所が、ウィンッと反応して開く。自動ドアだ。



 外の明るさのおかげで中は薄明るかったが、店内のライトは点いていなかった。

 そこへ二人がボルボに乗りながら入ると、自動的にセンサーが反応し、その場が明るくなったのだった。



「今日は何にしよっかな~♪」



 ふふふんっ、と鼻歌混じりに、イリスは何を持っていこうか迷っているようだった。



「なんでもいいけど、食べ過ぎると太るぞ」


「いいじゃーん、少しくらい!」



 ボルボは、ヴィヴィのカスタムのように足場の拡張を行なわなければ、こうした無人の店舗にもそのままスムーズに出入りする事が出来る、非常にコンパクトで優秀な機械だった。



 シズクは以前、開発者の頭がやべー的な事を言っていたが、それはとんでもない話である。



「よしっ、『ソースたぷたぷ焼きそばパン』にしよっと!」


「またか。……それ好き過ぎな、お前」



 イリスは、トレーに並んでいたそのジャンキーなパンを一つ取ると、そのままシズクと共にお店を出ていった。



 無論、ワーストの環境基準ではこれが窃盗になってしまうのだが、この階層では、食料や物資などは、「買ったり売ったりするもの」ではなく「自分一人に必要な分、必要な量をもらう」事が常識で、何事も節度を持って分かち合いながら皆で生きていく事が当たり前だった。



 それ故に「お金」という物が存在しておらず、自分達の生活インフラに関わるほとんども、機械による自律的な調整で賄われていた。



「もう始まってるけど、どのくらい人いるのかな~?」


「どうだろうなー。開発のトップの人は滅多にメディアとかに出ない人らしいし、今回も助手とか、そういう周りの人が出るんじゃね?」



「ふーん……。それならちょっと拍子抜けだけどねぇ」



 二人がスライスサーカスに到着すると、やはりそこには大勢の人々が居た。

 スライスサーカスは、天井開閉式のドームで、大規模なイベントを行なえるマンモス会場だ。



 その会場の中心部に、このイベントのために用意されたと思われる舞台があり、そこに一人の女性がマイクを持って立っていた。


 彼女の顔立ちなどは、ここからではあまりはっきりと確認できない。


 そしてその女性の頭上には、大きな箱のような形のものが浮かんでいた。


 その立方体の一面一面には、どこぞの研究者チームの、実際の実験映像や研究してる日常の姿が流されていた。


 おそらく、今回の主催者であるボルボの開発・研究をしているチームだろう。

 その箱型の投影が、皆さん見てくださいね~と言わんばかりにクルクルとゆっくり回転している。



「おおー……。すごいな、こんな規模のイベントだったとは……」



「まぁ、ふぉるふぉ、ひんふぁのふふぁふぁふぇ~(※まぁ、ボルボ、みんな乗るからねぇ)」



「ってもう焼きそばパン食べてるし‼ しかも聞き取れねぇからな⁉」


 イリスは、モグモグと口にやきそばパンを含みながら、会場の中心に目を向けていた。


 育ちの悪さが出ている。

 この辺りさすがのワースト、といった様子なのかもしれない。




「――――ありがとうございまあぁ~~~~すうぅ‼‼」




 ギャラリーが注目するドームの中心。

 その中心に居た女性が話を再開したらしい。



 すると、その舞台の袖に居たスーツ姿の進行役らしき女性キャスターが、続くようにしてマイクで話す。



「ありがとうございました~。大変革新的な映像でしたねぇ! それでは、ここから少々、フリートークを挟ませていただきたいと思います」


 今回のイベントで設けられたらしい舞台に上がっていた女性二人のそばに、小型ロボットがやってきて簡単な椅子をそこに設置した。



「それでは、総合近代科学技術研究所「ヘルメス・ボルタイ」所長、モシナナ・カンデラさんです~。改めて、皆さん盛大な拍手をお願い致しますー‼」


 女性キャスターが手を向け、登壇者の相手を紹介し終えると、周囲で見ていた者達全員が拍手を送った。




 ――パチパチパチパチパチパチッ。




 本当に盛大な拍手だった。遠い所からわざわざ足を運んで見にきた、といった者も沢山そこには居たようだった。


 それまでシズク達にはよく確認できていなかったその人物が、キャスターに紹介された事で、頭上にあった大きい立方体のモニターに映し出された。



 モシナナ・カンデラと紹介されたその人は、なかなか目立つラベンダーアッシュの髪色に、ミディアムの髪型。小さい丸眼鏡をかけ、本人の体格にしてはやや大きめな白衣を着ていた。腕まくりしているが、着こなしの小慣れた様子からして、いつも袖を捲っているのだろう。



 白衣からの印象か、いかにも科学者然といった様子だが、話始めるとその印象は先入観でしかないと思わされる。



「あ、あ~~、ど~もども~! モシナナ・カンデラでーすっ★ もう見てて大体予想ついてた人もいたと思いますけど、さっき上で流れてた映像は、ボルトボードユニットの開発過程のものですー。これだけ多くの人にボルトボードを使ってもらえて、僕はとってもハッピーですよ~!」



 低い身長も相まって、モシナナの声はどこか幼さが抜けていなかった。

 モシナナの後を追うように、すかさず女性キャスターが話し始めた。



「えー、今回はそんなボルボに関して、事前にアンケート調査を行っておりましてですね、……本日、せっかく開発者のモシナナさんご本人がいらっしゃいますので! せっかくね! せっかくの機会ですから、こちら、お答えいただければな~っと思っております! それと、MyTube(動画配信サイト)の方でも中継生配信も行っておりますので、そちらの配信に書き込まれたコメントも、気になるものは直接読ませていただく場合がございます。皆さん、ぜひご覧になってみてください~!」



 キャスターの女性は、片手に持っていた書類を一枚捲ると、おそらくそこに書かれていたのであろう質問を、一つずつモシナナに尋ねていった。


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