第31話 親心


「少しだけ昔のお話をするわね?」


「え? はい……?」


「そもそも、私とこの人だって、最初からヴィヴィの事をこんな風に特別扱いしようだなんて思っていなかったのよ? こういう特例のような事をし始めるのは政府が許さないと思っていたし、許されたとしても、階層に住む多くの人にその件が知られてしまうと、大きな不満や軋轢をそこに生みかねないもの」



「じゃあ、どうして……」


「……今から大体五年くらい前だったかしら。貴方達、十一歳までは計測が無くてご両親と同じ居住環境に居なければならない法律は知っているわね?」



「はい。わかります」


「私達もそうでした」


「そう。それはニューラーだけでなく、シナプサーも同じなの。でも、私達シナプサーは、階層の管理や統括をある程度政府の方から任されているわ。そしたら、仕事の都合で、階層をあちこち移動したりするわけなのよ。勿論、長期間に及ぶ移動もあって、移住するのと変わらない場合もある。その場合は、ヴィヴィも一緒に連れて行くの」



「なるほど。階層間も動く転勤族という事ですね……」


「そう。それで、以前に階層【ノーマル】へ行った時、この子が暴漢に襲われて、危ない目に遭った事があるの……」


「‼」



「そ、そうだったんですか…⁉」



「お、おい‼ ヴィヴィの前でお前、何を‼」



「いいのよ、貴方。ヴィヴィのお友達なら、きっとこの子達はヴィヴィを守ってくれるわ。ヴィヴィ、貴方もそう思うんでしょう?」



 一度、ナーの言葉をザランは止めに入ろうとした。

 ヴィヴィの心情を思いやっての事なのかもしれない。


 シズクとイリスは、その言葉にただただ目を丸くして驚くばかりだった。



 ――――コクリッ。



 ナーの質問に、ヴィヴィは黙ったまま頷いてみせた。


 ヴィヴィからは何も言えないのかもしれなかった。

 それだけ、その時の事を思い出してしまうと苦痛なのかもしれない。



「この子は、その……結構幼い時からこういう『起伏の多い』身体だったから、そういう下品な目的で近寄る人達も多かったの。その襲われた時は未遂で済んだけれど、それでも心はずっと傷付いたままだったわ。父親であるこの人に助けられたからその時はよかったけどね……。でも一人で外出させるとなると、やっぱりどうしても、私達夫婦はこの子が心配で心配で仕方ないのよ」



 その言葉を聞いて、シズクとイリスはただただヴィヴィに同情するしかなかった。

そして彼女の両親の気持ちも理解できる。



 自分の愛する娘が、ひとり立ちする前にそんなひどい目に遭ってしまったのだから、無理に自分達の元を離れる事はないと、そういう一つの考えが生まれるのも当然かもしれなかった。



「お母さん、でも私……‼」


「ええ。わかってるわよ、ヴィヴィ」


 ナーはヴィヴィの気持ちに気が付いているようだった。

 精一杯振り絞ったヴィヴィの言葉を悟ったように、優しくナーは頷いてみせる。


「さっきのシズク君が叫んでいた言葉は、正しいと思うわ。この子も、もう昔の傷がだいぶ癒えているようだし、いつまでも『籠の中』に居てはいけないと、私達もそう思ってるの。この人も、口ではこう言ってるけど、本当はヴィヴィの事を誰よりも想っているからなのよ。許してあげてね」



「……」



 ナーの言葉に、ザランは何とも言えないでいるようだった。気持ちの向ける先が無いのか、どこか他所へ視線を向けている。


 おそらくは、いやほとんど確定的にナーの言う通りの心持ちだったのだろう。



「けど、貴方達と一緒なら、この子ももう大丈夫そうだと私達は思っているわよ。この子の事で、あんなに一生懸命怒ってくれる人、初めて見たもの。この人の怖い顔見たら、皆普通はあんな風に啖呵を切れないものよ? ふふっ。シズク君、貴方とてもかっこよかったわ。私まで惚れてしまいそうなくらい」


「‼」


 シズクは、ナーの向けてくる艶やかなその眼差しにドキドキとした。


 ――――ボゴッ。


 そんなシズクの足を、イリスが思い切り踏みつける。



「痛っ! イリスお前! なんだよ⁉」


「ふんっ。シズクの靴に虫がついてたのよ」



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