第27話 大切に・丁寧に
とにもかくにも、イリスに報告し、モラトリアムへ急いで戻った方がいい。
二人はそう判断した。
ザランがヴィヴィを家に閉じ込めるだとか、今の二人に何か罰を課すにしても、それは二人が早く戻る事で多少軽くしてもらえるかもしれない。そんな淡い期待を持っていた。
「イリス~! イリス、どこだー⁉」
「イリスー! ……そういえばシズク、まだこのワーストには携帯電話も普及してなかったのかしら?」
商店街の来た道を戻りながら、イリスを探す二人だったが、その途中で、ヴィヴィがそんな事をシズクに尋ねる。
「携帯電話……か。ああ、ワーストの中心部の方で、富裕層が少し持ってるくらいだと思うぞ。俺やイリスが持ってるわけないだろ」
「そう。残念ね……」
「なんだよ。モラトリアムじゃ普通だって言いたいのか?」
「いえ、モラトリアムだと『スマートフォン』と呼ばれる端末機器がその代わりに普及しているわ」
「へ、へぇ~……。そういえば、図書館でもそんな歴史読んだな。しかし、ずいぶんと進んだ文明ですこと‼」
もう訳が分からなくて僻みようもありませんね‼
と、そういった様子でヴィヴィに屈託のない笑顔を見せるシズク。
ヴィヴィはその笑顔に少し噴き出しそうになった。
「ふふっ……」
「あっはっはっは!」
この空気感に、思わず二人して笑いだしてしまった。
不思議にもシズクとヴィヴィは、こんな些細な事で笑える心持ちだった。
現状を考えてみれば、ヴィヴィのお父さんは激怒しているかもしれないというのに。けれど、今こうして会話している二人は、穏やかそのものだった。
――――二人一緒に居られる時間は、もう今後一生来ないかもしれない。
お互いそう思えば思うほど、楽しんだり笑ったりする瞬間を噛みしめたいと感じていた。それが、今の自分達を大切に、丁寧に生きるという事なのかもしれない。
この時の二人は、それが本能的にわかっていたのかもしれない。
「ナァ~」
黒猫のナーが、二人の笑う顔に反応するように声をあげる。
それから二人は少しして、東ミスト通りの商店街のはずれの方で、イリスを見つけたのだった。
「ヴィヴィ、黒猫見つかってよかったじゃん!」
「ありがとう、イリス」
「本当に尻尾が二本あるのね……。妙だけど、普通に可愛い~!」
「ナ~」
「確かに妙だよな。初めて見た時、本当に普通の猫なのか怪しいと思ったし」
「ふふっ」
「あ、でも見つかったって事は、二人はもうモラトリアムへ戻るって事だよね?」
「そうね」
「そうなるな」
「そっか~……。また寂しくなっちゃうね。もっとここに長くは居られないんだっけ?」
「おやおや~? イリスさんがそんなに寂しがり屋さんだったとは、意外ですね?」
「うるっさいなぁ~!」
「ふふふっ。そうね。私のお父さん、きっとすごく怒ってるわ。戻ったら、もうここへはほとんど来られないと思う……」
「そっかー……。わかってたけど、残念だね……。せっかく仲良くなれたばっかりなのにね……」
「ナ~……」
三人と一匹の間に、しんみりとした空気が流れる。
そんな時だった。
「ヴィヴィーーーーーーーー‼‼」
「⁉」
少し離れた向こうの上空から、一台のボルトボードが迫って来ていた。
「あ! あれは⁉」
「すご……‼ あれがシズクの話してたボルトボード⁉」
「……」
静かで寂れたワーストの街の空を、ザランの乗ったボルボはもの凄い速度で滑空していた。そして、あっという間に、その乗り物は三人の目の前に到着したのだった。
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