第25話 データ収集

 三人は意気投合していった。

 住んでいる階層も、付き合ってきた周囲の人間も、人種も違うけれど、言葉を交わす度に心の距離が近づいていくのを感じる。

 気が付けば三人は、デザインゲインのお店がある近くまで来ていた。



「あ、たぶんそろそろだ」


 シズクは、周囲を見て、この辺りが黒猫を一番最初に見た場所のはずだと感じていた。


「シズク、この辺りなの?」


「ああ。突然現れたからな。あんまり鮮明には覚えてないけど」


「……」


「ヴィヴィも、前にこの辺りまで来たのか?」


「そうね」


「よし、それじゃあここからは三人で手分けして探すとするか!」


「そうしよっか~。別々の方が早く見つかるだろうしねぇ。えっと、全身が黒の、尻尾が二本ある猫だったよね?」


「そう。『ナー』っていうちょっと変わった鳴き声もする子なの」


「オッケ~」


「ありがとう、イリス」



 イリスは、片手でオッケーのサインを示すと、「シズク、サボるなよ~?」とシズクに釘を刺し、二人から離れてナーを探しに行ったのだった。


「あっ……」


「はは。誰がサボるんだよ……」


 ヴィヴィは、離れていくイリスの背中を名残惜しそうな瞳で見つめていた。


「シズクも、ありがとう」



 ヴィヴィはそう言ってから、少しもじもじとした態度を取る。

 その様子が気になって、シズクは思わず質問した。



「ヴィヴィ、何か他に言いたいことがあったのか?」


「……ええ。これはたぶん、聞いたら二人は少しショックを受けてしまう事かもしれないんだけど」


 その前置きだけでも、シズクはやや身構えた。


「私のお父さんから聞いた話なの。この世界が、そもそもなんでOB計測なんて物で、その人の住む場所を決めているのかっていう」



「その話はすごく興味深いな。というか、そもそもヴィヴィのお父さんってどういう人なんだ……?」


 二人は、少し歩きながら、ナーを探しながら話を続けた。



「私のお父さん……ザラン・エッジフッドは、政府と連絡を取る事ができる数少ないシナプサーのうちの一人なの。モラトリアムの階層管理を任されているけれど、その他にも色々と仕事しているみたい。娘の私でさえ、あまりその詳細を教えてはもらえないけどね……」



「すごい人なんだな……。あ、ごめん。それで、OB計測の理由って?」


「……OB計測。人間の好き嫌いをとある物差しで測って、『好き』の一定値を超えた人を、上の階層に移住させる。そうして、また移住先でも同じように、『好き』の一定値を超えた人を、上の階層に移住させる。これを繰り返していくと、一番上はどうなると思う?」



 ヴィヴィは、そよ風になびく自分の髪を軽く抑えた。


「うーん、そうだな。単純に『好き』の数値が高い人だけが集まる街が生まれる?」


「そう。でも、OB計測で測られる項目は『何が対象であるかわからない』でしょ?」


「そうだな」


「それは言い換えれば、とても恐ろしい事なの。もしかしたら、同じ思想を持つ人を集めていく事かもしれない。お金が一番だと考える集団を生むかもしれない。剣や銃を持つのが当たり前だと考えたり、人を殺したり人を食べる文化を生んだりするかもしれない。個人の自由を奪うものかもしれない。そんな、無数の危険性があるの」



「確かにな……。評価の基準が明かされていないだけで、それだけ危険かもしれないな……」



 シズクは、上空に流れる白い雲を見上げた。ゆっくり、しかし確実に雲は流れていく。


「『嫌い』の一定値を下回った人も、同様みたいなの。皆、下の階層に集められていくから。下回る人もそれはそれで危険だと思う。要するに、似たような考えを持つ人間を、一か所に集中させる事は、例え住み心地が良くてもそれだけに危ない要素を含んでいるの」



「まぁ危ない要素を含んでる割りには、ポピュラーの環境のコピーであるモラトリアムがあの様子だ。特にポピュラーも、このワーストも、それほど問題は無いんじゃないか?」


「そうね。今の今今はね」


 ヴィヴィは含みのある言い方をして、それからまた話を続けた。


「その評価の基準が、『いつまで』そのままかはわからないでしょ? もしかしたら『項目自体』を変えられてしまう可能性もあるから、それほど安心できないのよ……」


「そこまで不安を感じた事はなかったけど、確かにヴィヴィの言う通りだな……」


「私のお父さんが言うには、政府は、この世界を使って『データ収集』を行なってるかもしれないんだって」


「『データ収集』? 集めてどうする気なんだ……?」


「そこまではわからない。それこそ憶測になるけど、すごく大掛かりな実験みたいなものなのかもしれないって、お父さんは言ってたわ。集積したデータから、政府と私達、両者にとって良い方向へ世界を転がそうとしているのか、その反対なのか……。その辺りも不明で不安定で、まだ実態を捉えていないの」



 シズクとヴィヴィが話を続けていると、だんだんシズクにとって見覚えのある立て看板が近づいてきた。デザインゲインの看板だ。


「俺達は実験台にされてるって事かよ……」


「良くも悪くもね」


「あ、このお店の辺りで見失ったんだ。黒猫のナーを」


「デザインゲイン……」


 シズクにそう言われたヴィヴィは、その喫茶店の立て看板と、寂れた風情満載のその喫茶店を何度か交互に見る。



「ふ、雰囲気のありそうなお店かもしれないわね」


「いやいや、そんな変な気使う必要ないと思うが。ふふっ。というか、断定できなさすぎて日本語おかしいからね!」


「そうね。廃れた店ね」


「今度はかなり直球できたな⁉ 俺もそう思ってたけど!」


 別にシズクからしても、一度寄った事がある程度のお店でしかない。だが、そこまで直球に言われると、ワーストのお店はやっぱりワーストね!とでも言われているような気がしなくもないのだった。



「このお店周辺を探すか」


「それが良さそうね」


 黒猫のナーはどこへ行ったのだろう。

 商店街は相変わらずの半シャッター街といった様子だったが、この前シズクが訪れた時よりはだいぶ天気が良い。


 太陽の差す街中を、二人は精一杯探してみる事にしたのだった。

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