第24話 驚異の格差
翌日、シズクは、朝早くに両親が農場へ出ていったのを確認すると、ヴィヴィにお風呂を勧めた。彼女が上がってくると、続いて自分もお風呂を済ませる。
シズクは、なんだか久しぶりにお風呂に入ったような気がした。
ぼーっと湯船に浸かる方が好きなのだが、何も考えていないと、嫌でも変な考えが浮かんできてしまうのだった。
このお湯……裸のヴィヴィが浸かったんだよな……。などと、大変けしからん妙な気持ちになってしまうので、それを振り払うように、もっと他の事を考えるようにしていた。
モラトリアムへ行って新しい物にたくさん出会ったせいか、ずいぶんと時間が長く感じられていたのかもしれない。
長旅の疲れを落とすかのように浴室で癒された後、シズクとヴィヴィは、これからの予定について確認した。
「今日から猫探しだけど、闇雲に探しても仕方ないよな……」
「それなんだけど、シズクがナーを見掛けたのってどこ?」
「デザインゲインっていう、この家から歩いて少し行った所だけど、もうたぶんそこには居ないんじゃないか……?」
「そうかもしれないけど、とりあえずその周辺を当たってみるのが良さそうね」
「他に宛ても無いしな」
身支度を済ませると、二人はシズクの家を後にした。
ちょっとそこまでに出掛けようかな、といった雰囲気の軽い普段着にシズクは着替えていた。ヴィヴィもまた、例によって素早く服装を着替えていた。
ヴィヴィは、ネイビーカラーの涼しそうな色合いのワイシャツと、動きやすそうなパンツを履いていた。爽やかな印象を与えてくれる格好だが、彼女の豊満すぎるその胸のラインを象ってしまうのが、結果としてシズクの目には毒だった。
二人がシズクの家を出てしばらく歩いていると、突然後ろから声をかけられた。
「あれ⁉ シズク⁉」
聞き覚えのあるその声の主は、シズクの幼馴染、イリス・マーガレットだった。
「イリス!」
「……?」
「シズクじゃん! あれ、でもなんで? 階層移住する事になったんだよね? ……それに、そっちの子誰?」
そう聞きながら、イリスはヴィヴィの方に身体を少し寄せる。
相変わらずゆるゆるとパーマのかかったイリスの青い髪が、風に軽くなびいていた。
「ああ。ちょっと野暮用でな~」
「野暮用?」
シズクとイリスのやり取りに、ヴィヴィが自然と入ってくる。
「初めまして。私はヴィルバライト・エッジフッド。彼は、一緒に私の飼い猫を探してるところなんです」
ヴィヴィは、行儀よくイリスに一礼した。当然、彼女の目立って仕方ないある部分に、イリスの目が釘付けになる。
「私はイリス・マーガレットだよー。よろしくね~……って、ていうかおっぱいおっきぃね⁉」
「ば、馬鹿! イリス‼」
「? ……あ、そうかもしれないです。こちらこそ、よろしくお願いします。イリスさん」
思わず心の声を口にしてしまったイリスに、シーっと人差し指を立てて口に当てているシズク。
そんな二人の反応に、ヴィヴィはそれほど動揺を示さなかった。
というよりも、胸に関して周囲に驚かれる事には慣れている、といった様子だった。さすがの貫禄である。
「うう~……なんか、負けてるなぁ~。私……」
「?」
「まぁまぁ! イリスさんやっ! 元気だせって。『それ』で、勝ち負けなんて決まったりしねぇって! はっはっは~!」
イリスは『それ』について、ヴィヴィにとてつもない敗北感を覚えたらしい。
そんなイリスの肩を、シズクがポンポンッと軽く叩く。
その瞬間。
「うっさい‼ ボケがぁっ‼」
「ゴホォッ!」
目にも止まらぬ速さで、シズクのボディにイリスの良いパンチが入る。
「ガッ……ハァッ……」
なかなかの強打に、その場でお腹を抱えて蹲ってしまうシズク。
「うっうっうっ……あんたに乙女の気持ちなんかわかんないんだからぁ……うっうっ」
両手で顔を覆い隠し、泣いたような仕草を見せるイリスに、ヴィヴィが近寄っていく。
「……イリスさんは、シズクと仲が良いんですね」
「え? まぁ……そう、ね……。幼馴染で同い年だし? あ、ていうか、イリスって呼び捨てでいいよ。私も呼び捨てにしていい?」
「いいですよ。ヴィヴィって、そう呼んでください。私も、イリスって呼んでいいですか? 年は二人の一個下なんですけど……」
「全然オッケー! というかシズクと話すみたいに、私にも別に敬語使わなくていいからね! ヴィヴィ~!」
喜びの意! といった様子で、ヴィヴィにいきなり抱き着くイリス。
イリスの急な距離の詰め方に、若干ヴィヴィは戸惑っているらしかった。
シズクの前で、胸の大きな女の子二人がくっついてむぎゅむぎゅしている。
シズクはその光景に、心の中で合掌をした。
こっちはこっちで喜びの意! などと考えていた。一切は野獣の心である。
「いや、良くないな。何の喜びだ。ていうかイリス…………ヴィヴィが戸惑ってるぞ。あ、ダメだ聞いてねぇ」
こうして、あっという間に三人の距離は近くなったのだった。
東ミスト通りの、例の寂れた商店街へ向かう道中、イリスはヴィヴィから今回の経緯について詳しく聞く事になった。
飼っていた猫を探している事は勿論、見つけたらすぐにまた、二人はモラトリアムへ戻らなければならないという事。ヴィヴィがニューラーではなく、シナプサーであるという事。そして、ヴィヴィの父親が、彼女自身を束縛しているという事。
シズクからは、モラトリアム(ポピュラーも含め)の社会が、どれだけ進んだ文明であったかという事を教えてもらった。
イリスは新しい情報一つ一つに目を丸くして、へぇ~、すごいねそれ! といった様子で、素直な感想を続けていた。
「そういえばイリスも、農家の子?」
一通りの事情を話し終えた辺りで、ヴィヴィからイリスへの質問が投げかけられた。
「ううん。私の両親は漁師をやってるよー。私も手伝ってるけど、船酔いがひどくってね……。これがまたぜんっぜん船に乗れないんだ~。あっはっはっは‼」
イリスは、嫌味無く自虐し、からからと笑ってみせた。
「お前、泳ぎはやたら速くてすごいのにな。ブリみたいな感じで」
「うっさいなぁ~、例えが最悪すぎでしょ。てかシズクなんてカナヅチじゃん‼」
「農家は別に泳げなくたっていいんです~」
「ヴィヴィは泳げない農家どう思うの?」
「かっこ悪い」
「ほらね!」
「えぇ~……」
――――クスクスクス。
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