第23話 侵入者な二人

 本来であれば、玄関口なども暗闇でよく見えないのだが、幸いにもシズクの家の近くに立つ街灯のおかげでしっかりと見える。



「ていうか、鍵持ってきてなかったから、いつもの窓から入るしかない、か……」


「鍵?」


「ああ。家の鍵」


「あ、そっか」



 ヴィヴィは、何かを思い出したような反応をした。

 ワーストでは、未だに「鍵」という文化が残っているという事を思い出したのだ。



「モラトリアムだと、こういうのはもう全部身分証をかざすと開くようになってるの」


「そ、そうですか……よく進んだ文明ですことね、ヴィヴィさん」


「ふふっ。それで、『いつもの窓』って?」



 シズクは、鍵を持ち合わせていない場合、どうするのかを教えた。我が家はこっちからも入れるんだよ、という説明と共に、家の脇へヴィヴィを連れていく。


 そこには、一階のトイレの窓が付いている。少し高い位置だが、農作物を備蓄するための緑色のコンテナの上に足を乗せれば、あとは一息で登れるくらいの高さになる。



「なるほどね! ここから侵入できるのね」


「しっ‼ まだ親二人とも眠りが浅いかもしれないんだ。起こしたらヤバいんだからな⁉」


「あっ……そうね」


 ヴィヴィは、コンテナを指差してからシズクの方を見て、「ここに乗るんでしょ?」というジェスチャーをやってみせた。

 シズクも、コクリと頷いて同意を示す。



「……っしょっと」


 ヴィヴィの乗ったコンテナがふらつかないよう、シズクは下から支えてあげた。

 薄暗い闇の中、まるで泥棒のような事をしているな、と妙な後ろめたさにシズクは駆られた。



 少し離れた向こうに、街灯が見える。丁度、家屋同士の隙間を縫って、街灯の明かりが二人にも届いていた。


「……ん?……‼」


 シズクは気付いてしまった。



「シズク、ちゃんと支えててね。これ結構ふらつくの」


 コンテナに乗ったヴィヴィは、慎重に窓の方に足を引っかける。

 シズクは、そんなヴィヴィの姿を、ちゃんと見ていた。


 いや、見えてしまっていた、という方が正しいかもしれない。

 ヴィヴィの履いていたタイトスカートが、窓に足をかけたせいで少し捲りあがって、可愛らしいパンツがそこに露わになっていた。


 ピンクのパステルカラーの、柔らかそうなフリルのあしらわれたものだ。

 それまで隠されていたヴィヴィの肉感のあるむっちりとしたお尻の存在も相まって、とんでもない破壊力である!



「し、しっかり支えておくから、安心しろ……」


 ヴィヴィさああああああん! おパンツ! おパンツ見えてますよ‼ というか、お尻……! お尻がすごいえっち‼


 シズクは心の中で叫びながら、あまり見ないでおこうか、いやちょっとくらい見ておこうか、迷いに迷っていた。



 そもそもの泥棒っぽさに加え、味わった事のない背徳感のようなものがどんどんシズクに溜まっていく。


 やばいって。これやばい。

 あんまり見つめてたら、いよいよおかしな気持ちになるって!


 シズクはそう思いながら、なんとか自分の心の平静を保とうと、目を瞑り、ヴィヴィが家に入ってくれるのを願った。


「シズク、なんとか入れたわ」


「ふ、……ふぅ。よし、俺も続けて入るよ」


「?」



 ヴィヴィは、なぜそんなに汗をかいてるの? と不思議そうな顔でシズクの事を見つめていた。

 シズクの家に無事、侵入する事ができた二人は、物音を立てないよう気を配りながら、なるべくひっそりと、シズクの部屋へと向かった。



 幸い、シズクの両親はちゃんと眠っていたらしく、廊下に居ても彼らのいびきが聞こえてきていた。


「じゃあヴィヴィ、そっちのベッド使ってくれていいから」


 お客さん用の寝具を持ち合わせていなかったので、シズクは自分が使っていたベッドを貸す事にした。



「ありがとう……。シズクは?」


「俺はこっちのソファで寝るよ」


「……ごめんなさい。ありがとう」


「いや。……もう寝よう。いい加減遅くなってきた。お風呂は朝でもいいだろ?」


「そうね。色々と助かるわ」



 部屋の時計を見ると、もう既にいい時間だった。

 シズクは、横になって眠りに就くことにした。ヴィヴィよりも、自分が先に眠ってしまいたかった。


 ソファの上で横になって両目を静かに瞑ると、瞼に焼き付いたさっきの光景が浮かんでくる。



 無論、ヴィヴィのぷりっとした柔らかそうなお尻である。

 いや、ダメだ! 良くない良くない! これじゃまず眠れない!



 思い出してしまった記憶を振り払って、シズクは眠る事に集中する。


「シズク……」


 そんな時、ベッドのほうから、ヴィヴィの呼ぶ声が聞こえてくる。


「ん?」


「このベッド、シズクの匂いがする」


「は⁉」


「……」



 急に何を言い出してるんだ、この子は! 恥ずかしい事言わないでくれ!

 シズクはそう願いながら、ヴィヴィの次の言葉にドキドキしている自分がいる事に気が付いていた。


「シズク……」


「……なんですか」


「私の代わりに怒ってくれて、ありがとう。お父さんのこと」


「……ああ。それは気にするなって」


「私、やっぱり言えないの。そういうの」


「…………別に……。別にそういう性格が悪いなんて思わないけど、いつも俺が近くに居てあげられるわけじゃないし、言えるようになった方がいいと思うぞ」


「…………」



 ヴィヴィは、シズクのその言葉に、少し胸がチクリと痛むような感覚があった。

 なぜかはわからなかった。突き放すような言葉に、単に傷付いたのかもしれない。


「本当にもう寝よう」


「そうね。おやすみなさい」


「おやすみ」


 そう言ってしばらくすると、ヴィヴィのいるベッドの方から寝息が聞こえてきた。

 シズクも、何とかこの「女の子と一緒の部屋で眠る」という状況にドキドキしながらも、その日はなんとか眠りに就く事が出来たのだった。

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