第19話 ナノポーター・2
疑うようにシズクの事を両目でじっと見たあと、はぁ、と一息つく。それからヴィヴィは、改めてカードキーの話を進めた。
「んんっ……まぁ、そうね。続けるわ。この特殊なカードキーは、ボルトボードの目的地に他階層を追加する、シナプサー限定のものなの。このカードをキーコネクションに使えば、階層間の移動が可能になる、ということよ」
「へぇ~、そういう事か。じゃあ、その『ナノポーター』っていうカードキーが、ニューラーには入手不可能って感じなんだろうか……」
「そういう事」
シズクにとっては、パッチの名前などで現状不明な点も多かった。だが最低限、今回自分達が使用するものに関する情報は理解したのだった。
「そういえばさ、役所を通じた移動と、今回みたいな個人の移動?って、何か違いがあるのか?」
「ええ、そうね……。あまり大きな声では言えないけど、個人の移動は、公的な移動とは根本的に色々と違うの。経路も違うし、目的も違う。自由に行き来できると言っても、基本的に業務上でしか使う事を許されてないの。他のシナプサーに移動の痕跡を辿られる事もあるし……。まあそんなストーカーみたいな人滅多にいないけどね。他人の行動をいちいち気にしてる人はいないというか」
業務以外の理由で使うと、何か罰則でもあるのだろうか。
シズクは、ヴィヴィがそう説明しなくても、おそらく罰則はあるのだろうなと察した。
「シズクがモラトリアムへやって来た時、移動にどのくらい時間かかったか覚えてる?」
「え? ……時間なんて……」
自分の記憶を思い出してみる。
よく考えてみれば、シズクは、自分がそもそもどういった移動手段でここへやってきたのか、明確にはわからないのだった。
役所に許可証を見せ、案内され、いつの間にか移動が済んでいた。そういう記憶しかない。
「たぶん、役所で真っ白なボックスみたいな部屋に入れられたんじゃない?」
「あ、ああ! そうだ、それだ! でも、時間なんて全然掛からなかったと思うけど」
「そうね……。とりあえず出発するわ。移動しながら話しましょ」
ヴィヴィはそう言って、手に持っていたカードキーをキーコネクションに差し込んだ。
それからナビに目的地を入力する。
ヴィヴィのボルボが、ゆっくりと動き出す。
初めはゆっくり。次第に速度を上げていった。
ヴィヴィが足で、ボードをタタンッと軽快に二回叩く。どうやらフルオートへの切り替えは、シズクのボルボと同じ仕様のままらしかった。
シナプサーの階層移動が、具体的にどういった物なのか。シズクには単純に興味があった。
今はまだ、モラトリアム内を走行中だが、どこかのタイミングで階層と階層の狭間を走行するタイミングになるはずだ。と、シズクは少し気になり、意識を周囲の景色に向けていた。
そんなシズクにお構いなしで、ヴィヴィは話を続けた。
「ワーストには、エレベーターってあったわよね?」
「ああ、エレベーターな。あったけど……。もしかして、あの真っ白な部屋が、エレベーターだった、とでもいうのか?」
「その通り。なんだ、シズクも察しがいいわね」
ざ~んねん、と言う様子で一息つくヴィヴィ。
「なんだってなんだよ。でもな、あれ別にエレベーターみたいな、移動の時身体に掛かる負荷みたいなもの、一切感じなかったと思うけどなぁ……」
「それは、ワーストのエレベーターだからでしょう?」
「ワーストのエレベーターだからって……?」
「階層移住に使われるエレベーターは、ポピュラーの技術が入ってるの。すごく簡単に説明すると、エレベーターに掛かる重力は、浮力と電力、磁力の組み合わせで相殺させる事が出来る。だから、ボックスの中にいる人体に重力の負荷を与えず、それこそまるで魔法みたいな感覚で、超長距離を素早く移動させる事が出来るの。ワーストにある民間のエレベーターだと、まだそこまで進んでないんだろうけど」
「あまり理解出来てないが、技術の進歩すごいな……」
「だいぶ省いてる説明だし、私が開発に関わってたわけじゃないから、詳細は少し違うかもしれないけどね。大体はそういう仕組みみたい」
それからヴィヴィは、シズクに色々と教えてあげた。
そうした技術によって、役所での階層移動はほんの数秒で行われる事。
逆に、シナプサーが使うこのボルボによる階層移動は、どれだけカスタマイズしても現状では一時間弱かかってしまう事。
先ほど言われた疑似ボックスモードパッチにより、ボルボから人体が振り落とされる事は無くなるという事。
シズクは、ヴィヴィからそういった様々な事を教えてもらった。
教えてもらいながら、疑似ボックス化したボルボの外に見える、モラトリアムの階層を眺め続けていた。
この社会の高度に発展した技術が、一体なぜ、自分のいたワーストの階層では開発されないのだろう。
大自然の山々や川、海が、そのままあり続けている事も確かに大切だけれど、自分達の生活が、どれだけ不便なものだったのかという事を、痛いほど感じる。
ワーストで送ってきた生活のあれもこれも、自分が「もっと便利になればいいのになぁ」なんて思い続けてきた事は、まさに上の階層では解決済みの問題だったわけだ。
こうした考えから、シズクは、なんとかあの不便だった生活を変える事は出来ないだろうかと、そんな事を感じるようになっていた。
「シズク、そろそろモラトリアムを抜けるわ」
「ああ。そうみたいだな……」
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