第17話 シナプサー

「じゃあ、さっきまでのお話を続けましょう」


「え、ええ。そうですね」


「あ、少し待ってください」


「?」


「さっき身分証を見ましたけど、シズクさんて、私よりも一つ年上の十六歳でしたよね?」


「そうですけど、じゃあヴィヴィさんは十五歳?」


「そうです。なので、もう私に敬語は使わなくて結構ですよ。むしろ、年上の方に敬語を使われるのが慣れないので、私としてはできれば外してほしかったり……」



 ちょっともじもじして、そう提案してくるヴィヴィ。

 いちいち仕草が可愛いのずるいな……と思いながらも、シズクはその提案は呑めない旨を伝える事にした。



「いや、それなら、ヴィヴィさんにも敬語やめてもらいたいですよ? 俺、お互い敬語を使うか、俺だけが使うか、お互い使わないか、その三種類のどれかの方が過ごしやすいんで……」



「……わかりま、……わかったわ。なら敬語はやめる」



 一度敬語を使い掛けたが、ヴィヴィは使わずに話を続けることにした。


「それと、俺のことはシズクでいいよ」


「そう……? 確かに敬称だけ残ってると、違和感よね。じゃあ私の事もヴィヴィでいいわ」


 こうしたやり取りの末、ほんの数分で、二人はお互いをファーストネームで呼び捨てにしあう関係になった。


 シズクは少し、距離の詰め方が早すぎるような気もした。が、ヴィヴィがそれでも構わないと言った事で、気持ちはだいぶ救われたようだった。



「それで本題だけど、ワーストへの移動の話だったわね」


「ああ。それそれ。ちょっと時間が空いて、危うく話を忘れるところだった」


「シズク、貴方って、今回モラトリアムに来たのが初めての移住なのよね?」


「ああ、そうだけど。それがどうかした?」


「っていう事は、この世界にいる人間が『ニューラー』だけじゃないって事、知ってる?」


「それなら、さっきの図書館で調べてわかったよ。二種類いるって」


「そう。二種類いるのよ。『ニューラー』と『シナプサー』」


「ふむ。それで、一体それがどうしたんだ?」



 シズクのその言葉を聞いたヴィヴィは、一度深呼吸し、会話を切ったかと思うと、改めてすぐに次のセリフを口にした。


「その『シナプサー』の一人が、私なの」


「え⁉ そうだったのか……?」


「そう」



「……で? シナプサーだと、何か悪いのか?」



 シズクの予想外の反応の薄さに、ヴィヴィはこけそうになったが、なんとか持ち直した。


「シズク、あんまりシナプサーの事詳しく調べてないの?」


「ああ。ちょっと名前を読みかじったくらいだし」


「そう……でも無理も無いわよね。説明といっても長いし、内容も多いし。それで、シナプサーというのはね、この世界にある階層の、様々な調整に関わる業務も行ったりするんだけど、その都合で、一部のシナプサーには階層移動を自由に行える道具が与えられてるの」



「ええ⁉ そうなのか⁉」


 シズクの驚いた反応自体に、ヴィヴィもびくんっと驚いてしまった。


「え、ええ。そうなの。シナプサー全員が行き来できるわけじゃないけどね」


「ヴィヴィは行き来できるのか?」


「そうね。私もできる」


「……ちょっと待て。ヴィヴィの飼い猫がワーストに居たってことは……」


「そう。……シナプサーは、自分一人だけじゃなく、『他の者も同行して階層を移動する事ができる』の。だから、前に私がナーを連れてワーストへ行った時、そこではぐれちゃったんじゃないかって。今回の件はそう予想できる」


「なるほどなぁ……」



 なんだか話が少し込み入ってきた。そうなってくると、ヴィヴィはそもそも、ワーストに何度か足を運んでいたという事か……?

 そうシズクが少し考え込んでいると、ヴィヴィは様子を伺うようにして口を開いた。



「あの図書館の名前、確認した?」


「ああ。確か、エッジフッド図書館だっけ。……あれ? もしかして」


「そうなの。私、ヴィルバライト・エッジフッドの名前がついてるでしょう? あそこは、私の父が政府から管理するように命令されている建物なの」


「ヴィヴィのお父さん?」



「私のお父さん。だから、必ずしも私があの図書館を管理してなきゃいけないわけじゃないの。むしろ、お父さんの仕事を手伝う都合で、他の階層へ行く事もある。だから私にも、階層の移動が行える道具を貸与するって、そういう事になったのよ」



「これだけ文明が発達している階層でも、誰かを手伝ったりする事はあるのか……」


 二人は、自然公園からすぐ見える位置にある、先ほどの図書館のほうを眺めながら会話を続けていた。

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