第16話 ヴィヴィ・3
「……?」
唖然としているシズクの顔を不思議そうに感じたヴィヴィは、それからなぜかハッとした表情を浮かべ、冷静に言葉を続けた。
「コホンッ……詳しい話は、少し時間を置いてからしましょう。もう少しでヘルプデスクのメンテナンスが終了します。そしたら、受付業務はヘルプデスクに任せるので、私の本日の業務も終了します」
咳払いを一つしたヴィヴィの身体は、当然のように、その大きなお胸もまた連動して揺れる。嗚呼、なんと罪深きことか。
「わかりました」
まだお昼前だというのに、もう業務の終了だって?
シズクはそう思った。近くのデスクの端で、時計だと思われる横並びの数字を確認できたからだ。
ヴィヴィの業務終了まで時間の空いたシズクは、どうせならと、この図書館のデスクを利用してみる事にした。
それほど長時間の暇ではない。まあ少しなら、この世界・この階層について、見聞を広められるかもしれない。そういう腹づもりだった。
タイトルも著者も知らない。
そんな書籍を、シズクはおすすめされたままに調べていく。タイトルで興味の惹かれたものから、順々に斜め読みしていく。
デスクを使用して一時間弱。形式が変化しても、図書館で見知らぬ本に出会うわくわく感は、あまり削がれていないらしいと実感し、シズクは安心した。
ただ、ずらーっと並んだ背表紙を拝めないというのは実際やはり残念だし、『紙を捲る』という行為そのものに、実は言い表しがたい良さがあったのかもしれない、という気持ちまであった。
ただ、それでもシズクの見聞は広まった。
この世界には、シズクと同じような人々『ニューラー』の他に、『シナプサー』と呼ばれる人々が存在している。政府のほとんどはそのシナプサーであり、各階層にある公的機関には、そのシナプサーが配置され、全体のバランスを組織・調整・統括している。
また、この階層(モラトリアムやポピュラーなど)のような、進んだ文明社会の、歴史の変遷が書かれている物も発見した。
シズクがここへやってきた時に使用した『ボルトボードユニット』も、その変遷の内に記載されていた物だった。
「……ん?」
デスクで暇を潰していたシズクのそばに、ヴィヴィが立っていた。
「もういいんですか?」
「大丈夫ですよ。業務の方は終了しました」
ヴィヴィはお淑やかな声色でそう答えた。
シズクがサッと手際よくデスク上の画面を閉じたので、ヴィヴィはフッと優しげに微笑んだ。
「では、こちらについてきてください」
「……はい」
一体どこに連れていかれるというのだろう。
詳しい話をするだけなら、その場でも良さそうなものだが……。誰かに聞かれてはまずいのか?
などと、シズクなりに少しヴィヴィの事情を考えながら、彼女の後ろを歩いていた。
二人は、その図書館を出てすぐの所にある自然公園へやってきた。周囲には、人影らしいものも見当たらなくなっていた。
「へぇ。モラトリアムでも、こういった公園があるんですね」
「どんな偏見ですか⁉ 普通ですよ、普通!」
「え? はははっ。すみません。この階層が、あまりにも進んだ機械文明っていうか、かなり発展してるなって思ってたんで」
「そうですか」
ヴィヴィは、自分の業務が終わったからか、先ほどまでの堅い雰囲気ではなく、多少砕けた様子でシズクと会話するようになっていた。
「それと、制服は窮屈なのでちょっと着替えます」
「え⁉ こんなところで⁉」
「はい」
ヴィヴィさんそれは大胆すぎでは⁉ てか人目とかもあるし、どうしてこんな場所で着替えるんですか‼
シズクは、戸惑いと心配と嬉しさが混ざった複雑な感情だった。が、残念ながら、彼女はシズクの想像するような、とんでもないエロティックサスペンスイベントをおっぱじめようとしているわけではなかった。(※当たり前)
ヴゥゥン――――。
一瞬、鈍いノイズのような音が聞こえたかと思うと、既に彼女は着替え終わっていた。
「え……! か、可愛い……」
「?」
そこには、図書館の業務に勤しむための制服ではなく、普段着と思われるヴィヴィの姿があった。
少しオーバーサイズの黒パーカーに、チェック柄のタイトミニスカート。そこから伸びるしなやかな色白の足の先には、動きやすそうな黒スニーカーが履かれている。
パーカーの黒に、彼女の銀色の綺麗な髪がよく映えていて、とてもカラーバランスが良い。
「何か言いましたか?」
「い、いや! ……というか、着替えるって、こんなにパッと着替えられるんですね……」
「あ、そうですね。モラトリアム、というかポピュラーくらいの進んだ社会では、このくらいは常識になっていますよ」
「なるほど……」
シズクは安心したような、しかし悲しいような、なんだかよくわからない気持ちだった。
ヴィヴィに、自分の鼓動が聞かれていないだろうか。
そんな心配をしたくなるくらいには、さっきまでシズクの鼓動は高鳴っていた。そして、やっぱり彼女のおっぱいは、パーカーを着ていてもわかるくらい国宝級であった。
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