第15話 ヴィヴィ・2

「あの……」


「あ、ごめんなさい。こちらはお返し致します。シズク・シグマさん。自己紹介が少し遅れましたね」


「……?」


「私はヴィルバライト・エッジフッド。周囲の方からはよく『ヴィヴィ』と呼ばれています。本来は、ヘルプデスクと呼ばれる自動の問い合わせ受付機能がここを管理しているのですが、生憎そちらは現在メンテナンス中ですので。私が代理をしています」


「あ、そうなんですか……」


「では、ご案内します……はぁ」


 ぽよん、ぽよよんっ、という形容が似合いそうなほど、ヴィヴィの実りに実ったその胸は、彼女の身体の動きに合わせて揺れていた。



 彼女が席を立つと揺れ。歩くと揺れ。止まると慣性でまたしても揺れる。ええい、落ち着かんかっ! と掴んでしまいたくなるのは一体なぜだろう。



 と、シズクにとっては目に余る代物だった。

 席から立ち、シズクを先導するヴィヴィは、少しだけシズクより身長が低くかった。


 低さの分だけ、油断するとその胸の谷間を覗き込んでしまいそうで、シズクは横並びで歩くことが恐ろしかった。



「こちらのデスクでは、デスク上に映し出された検索エンジンから、所望する書籍を検索し、閲覧する事が出来ます。また出版社や著者、ジャンルごとに『おすすめの一冊』や『人気の一冊』を調べたりするソート機能もあります。……はぁ……」



 並べられてある多数のデスクを前にして、大変丁寧な説明をするヴィヴィだったが、なぜか途中でよく溜め息が混ざった。何か思う事があるのかもしれないと、シズクがすぐに感付いてしまうほど。



「あの……ヴィヴィさん」


「はい?」


 ヴィヴィに何か悩み事があるのか。その溜め息の正体は何なのか。

 シズクは気になって仕方がなかった。



 しかし、ここで訊いてみたら「いや、あなたがさっきから私の胸ばかり見てるので、嫌悪感で溜め息つきまくってるんですけど何か?」なんて言われたら、その後ヴィヴィさんと会話する自信なんて持てなくなるぞ……。いやでも気になるし……。



 などと、シズクは脳裏で自分の欲求のジレンマに駆られていたのだった。

 そして、意を決した末


「あの! ……何か悩まれてるんですか?」


「え……?」


 思い切ってヴィヴィに尋ねることにした。シズクはまぁまぁ頑張ったほうだ。


「私、何かおかしかったですか?」


「え? あ、そう……ですね。ヴィヴィさん、なんだか上の空というか、悩まれてるのかなとか、そんな表情だったんで……」


「珍しいですね。悩んでいましたよ。今の今今」


「……今の今今?」


「あっ。いえ、その言葉はお気になさらないでください」


「……?」



 なんだったのだろう。今の今今……。単に口癖……?

 シズクは、彼女のその妙な口癖的なものにも疑問を持ったが、それ以上に、珍しいですね、といった彼女の言葉にも一瞬疑問のようなものを感じていた。



 普段から、こうして様子を伺うような言葉を、誰からも投げかけられないのだろうか。


 ただ、よく考えてみれば、ここでヴィヴィに悩み事を打ち明けられても、シズクには解決できないだろう。


 ここまで高度に発達した文明社会で生きる美少女に、遅れた文明社会で生きてきた自分が、何を助言できるというのか。


 ヴィヴィが次の言葉を紡ぐまでの間、シズクの中ではそんな思いが芽生え出していた。



「実は、私には飼い猫が居たんです」


「居た。……過去形?」


「はい。先日から見当たらなくて……」


 俯き加減で事情を話し始めるヴィヴィ。


「どういった猫なんですか?」


「特徴的な鳴き声の、尻尾が二本ある黒猫です。その鳴き声から「ナー」という名前なのですが、とても可愛がって飼っていたんです……。行方不明になってからというもの、私は色々と手につかなくなってしまって」


「…………」



 見覚えあるうううう‼

 めっちゃ見覚えあるやつううう‼

 その黒猫‼



 シズクは自分の記憶の中にある猫の姿を思い出しながら、心の中で叫んでいた。


「その猫、見覚えある‼」


「え? ……本当ですか⁉」


「あるある! 俺がこの前まで居た階層で、その猫見掛けましたよ‼」


 シズクは、ここへ来るまでの間に訪れたデザインゲインの事を話した。お店の前まで自分を案内してくれたあの黒猫は、インパクトのある強い特徴のせいでとてもよく印象に残っていた。



「シズクさんの居た階層……。確か……ワーストで見掛けたというんですか?」


 ヴィヴィは、シズクの身分証に書いてあった出身地が、ワーストであった事を思い出した。


「そうですけど」


 ヴィヴィの表情が少し強張った。

 もしかしたら心当たりがなく、シズクの発言を訝しんでいるのかもしれない。



「本当ですか?」


「心外ですよ……。見ず知らずの相手に、いきなり嘘をつくほど悪党じゃないっすよ、俺」


「……。とりあえず、ワーストへ向かう必要がありそうですね」


「ええ、そうですけど……。ただ、次回のOB計測はほとんど一か月後ですよ? まだだいぶ先です。それに、その計測でヴィヴィさんもワーストになるか怪しいし、気長に待つしか……」


 と、ここでいヴィヴィからとんでもない発言が飛び出してきた。


「いえ、移動なら今日にでも出来ます」


「……は⁉」

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