第14話 ヴィヴィ

 モラトリアムは、言い表せば電脳世界と現実世界とを緻密に絡ませまくったような社会環境だった。



 あらゆる物に電気が潜み、エジソン先生万歳! と階層住民の意志を体現しているかのようである。



 ワーストとは根本的に文明が違う。

 そう、シズクは感じていた。



 こうして、移動に便利なボルボ然り、あれもこれも、全てが進んでいる。

 建築物のメンテナンスを行なうロボットや、浮遊する広告映像などが、光の尾を引いてシズクの視界から後方に流れ消えていく。


 ボルボ移動のこの絶妙な爽快感は、異様に進んだこの文明都市に引けを取らない、テクニカルな移動手段だからこそ味わえるものなのかもしれない。



「あれか……?」


 ボルボに身を任せておよそ二十分。

 シズクは、段々近くなってくるそのこげ茶色の建物が、図書館なんだろうなと察していた。



 ボルボに目的地を設定すると、設定に使った電子の小窓がそのまま恒常的に表示されてナビになる。そのナビを見ていれば、初見であろうがあの建物が目的地なのだろうなというおおよその見当はつくのだった。


 まあ、フルオートなので、暇すぎて鼻クソほじるかスクワットするか、ナビを見ているくらいしか、やる事がなかっただけ……でもあるだろう。



 図書館はシズクがイメージしていたよりも小さい建物だった。

 ワーストの階層にあった図書館は、山のような蔵書を揃える都合上、必然的に巨大な建造物だったが、こちらの図書館はそれほど大きくもなかった。むしろやや控えめな印象である。


 こげ茶色の外壁に、上下の歯をかち合わせたような横並びの窓が、端から端まで続いている。


 それが適度な間隔を空けて上から数段設けられてある。

 窓はスモークガラスなのか、そこから内部をうかがい知る事は出来ないようだった。



 外壁の一部に言葉が映し出されており「エッジフッド図書館」という図書館の名称らしきものと、「知識は力なり」というキャッチコピーのようなものが、来訪者にインパクトを与える。



 シズクが建物の入り口までやってくると、出入り口の扉が自動で開いた。


「おお……。コンビニだけじゃなくて、図書館も自動ドアか」


 シズクの暮らしていたワーストにも、自動ドアというものは存在していたが、それほどあちこちに起用される代物ではなかった。



 シズクは図書館の中へ入っていった。

 やはりそこでも、彼は見たことのない光景に目を丸くさせるしかなかった。


 その図書館では、本棚どころか本一冊さえ見当たらなかった。ただシンプルなデザインのデスクが個別にパーテーションで仕切られてあるだけで、他にはこれといって何も備えられていなかったのである。



 席に着いているこの図書館の利用者と思われる者は、そのデスクの天板に映っている物を、指で横に流す動作を行なっていた。その動作を行なうと、映っている物もそれに合わせて次のページに移行するようだった。


「電気で出来た本……?」


 図書館に入ってすぐの所に、受付のようなものがあった。

 ここで、案内などを行なっているらしい。


 ひとまず、目を丸くさせていても仕方ないと感じたシズクは、受付の人に話を聞く事にした。



「あの~……すみません」


「はい?」


 おお、すごい! というか……でっかいっ‼

 その受付に座っていたのは、印象的な銀色の長い髪とすっきりとした青い瞳を持つ色白の美少女だった。


 少女は、この世の物とは思えないほど綺麗な顔立ちをしていた。加えて驚いたのは、シズクも目を奪われるほど豊満なその胸だ。


 図書館の従業員の制服らしいその格好からでも、十分過ぎるほど目立っていた。過去、数えきれないほどの男達から「けしからん!」と裏で呟かれていた事だろう。実にけしからんケシカリストだ。(?)



「…………?」


「あの、俺今日初めてこのモラトリアムに来たんですけど、図書館の利用方法とか分からなくて」


 初対面で彼女の容姿に面食らうシズクだったが、なんとか用件を話し出す。


「そうですか。なるほど……。失礼ですけど、身分証確認させていただいても……?」


「あ、はい」


 彼女の声は透き通るように美しいものだった。スッと耳に入り良く聞こえてくるあたりが、今までシズクが会話してきた誰とも似ていなかった。


 シズクは、学校卒業後に役所で発行していたた自分の身分証を手渡した。

 その美少女は、少し憂鬱そうな表情で、それをしばらく眺めていた。


 また、そんな彼女を、シズクはじっと見つめていた。

 しかし……本当に可愛いし、それに胸も大きい。なんだこれ。お人形さんみたいとか、そんな表現じゃ生ぬるい……。胸も、イリスの二回りくらい大きそうだし、何食べたらこうなるんだ。どうしてこうなった。


「……?」


 色々思うところのあったシズクだが、彼女の顔に目線を戻すと、今度はその表情に目を奪われた。


 シズクの身分証を見ながら、彼女はどこか遠い目をしているような気がした。何か物思いに耽っている、とでもいった顔をしている。

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