第13話 モラトリアム・3

 そんな結論に辿り着いた。



 いくら電気ボードのようなものへの適応力があっても、こう初めて見る物ばかりに囲まれて、しかもその使用方法の手解きさえも無いのでは、無茶ぶりもいい所だろう。



 下手にいじって壊しても嫌だしな……。とりあえず、トトリカさんの言ってた「図書館」へ行ってみるか……。

 と、そんな風にトトリカの存在を思い出したシズクは、無知を恥じず、図書館へまず向かう事にしたのだった。



 図書館であらゆる情報を手に入れて、この初見の家電(と呼ばれるものかは怪しい)を使いこなせなくては、そもそもモラトリアムでの生活もやっていけなさそうである。



 そう決めたシズクは、マンションの外に出た。

 入ってきた時にも感じたが、不自然なくらいご近所さんと遭わない。


 いや単純に、皆働きに出ている時間で留守なのだろう、とシズクは思案した。

 まさか事故物件ばかりだからゴキブリでさえ寄り付かなくなっただとか、ちょっと大掛かりな新入居者へのドッキリ大作戦がまことしやかに行われてるだとか、そういった余計な心配はするだけ無駄だろう。



「しっかし……」



 電気ボードが便利なのはわかったが、俺があの役所で受け取ったのは、この「現住所案内カード」だけ……。これでついでに図書館まで行ければよかったのに……。裏面に何か書いて


「……書いてあるじゃん‼」


 何の気無しにカードの裏面を見ると、そこには表と同じような指の接触用箇所と、使用に関する簡単な説明が記載されていた。


 シズクは一度驚きで目を見開いたが、落ち着いて説明を読む事にした。



『ここからは、ボルトボードユニット(以下:ボルボ)の取扱説明書になるよ~』



 電気ボード、正式名称で「ボルトボードユニット」という名前なのだという事を、シズクはそこで初めて知った。



 それにしても、なんともまあ軽いノリの取扱説明書である。

 説明書は、カードの大きさの関係上なのか、それほど長々とした説明ではなかった。



『ボルボを使って、生活をよりスマートにしちゃお♪

拡張性と成長性を併せ持つこのボルボに乗れば、泣いてるあの子の元へひとっ飛び! みんなで愛と勇気だけが友達のヒーローになろう!



 操作は非常に簡単だよ~ん★

 指紋認証のポイントにどの指でもいいから当てれば、自分だけのボルボが自動的に出現するよ! すごいでしょ!



 足元から現れたボルボに身体が乗っていれば準備はOK!

 後は、指紋からパーソナライズされたボルボが、君の意識を電気信号として探知して読み取るから、操作は自由自在! 右に左に縦横無尽! これが基本のマニュアルモードだ!



 それと、右足で二回ボード本体をタップすれば、いつでも切り替え可能な完全自動のフルオートモード! こいつがめっちゃエクセレント~ッ★



 目的地を設定すれば、君が寝てても移動してくれるよ!

 混雑も事故も自動で予測回避するし、めちゃくちゃスマート!



 目的地に到着して君を下ろしたら、勝手に消えてくれるよ。

 説明はこんな所かな~?


 操作の勘は実際に乗ればわかるさ! 早いと五分もあれば乗りこなせるかな?

 何か気になる事、聞きたい事あったら『ここ』宛てに連絡してね~。ばいばーい!』



「な、なんか勢いすごいな……」

 ただ読んだだけで、どっと疲れる。新手の呪文のようだった。



『ここ』となっている所をタップすると、一応開発元の連絡先や住所が新しく表示されたが、今のシズクはあまりじっくり読む気にならなかった。


 シズクは、口語調の説明文に圧倒されつつも、大まかな操作方法は理解できたようだった。



「でもこれ、そもそも無料で受け取っていいのか……? なんか後からとんでもない請求されるんじゃ……?」



 いきなりのハイテクノロジーで思考が停滞してしまいそうだったが、よく考えてみればこの不安は当然のものだった。



 しかし、役所で手渡されたものだ。一応、信用してみてもいいのか……?

 と、シズクは半信半疑になりながらも、自分の価値観がただ古いだけという可能性に賭ける事にした。



 どのみち、このモラトリアムでは、このボルボに頼ることでしか図書館へはたどり着けなさそうだというのも、シズクの決断を後押しした。



 一度乗っているという事もあり、シズクは何の抵抗も無くその接触ポイントに自分の指を当てた。



 ジジッ――ビリビビッビッ――。



 またしても、発電による小気味良い電気の鋭い音と、ごく小さい規模の火花放電が弾けたかと思うと、シズクの足を電子のボードが持ち上げた。



「なんだか、さっきと色味が違う?」


 現住所案内カードで利用したボードとは異なった、青緑色のボルボがシズクの足元に現れていた。



「ま、いっか。とりあえず、右足を二回、っと」


 トントンッ、と軽くボードを叩いてみる。

 すると、三十センチ四方ほどの電子で出来た小窓のようなものが、突然シズクの肩ほどの高さで目の前に現れた。



 中身はどうやらこの近辺の地図らしい。

 なるほど? たぶんこの小窓っぽいもので、目的地を設定するのかな?


 シズクは自分の直感に頼り、試行錯誤、悪戦苦闘しながらも、どうにか最寄りの図書館を目的地に設定する事が出来たのだった。


 設定が出来ると後はかなり楽ちんで、説明にあった通り、おそらく寝ていても自動で目的地に到着するものだと思われた。



 ただ、寝たり横になったりできるほど、ボードの面積広くないんだが⁉

 とか、諸々の事情のせいで、あの説明書がいかに現実的でないのかをその時は認識したのも事実だった。



「書いた奴、いろんな意味で頭やばそうだな……」

 心の声をつい口走ってしまったシズクだった。

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