第11話 モラトリアム
とりあえず男の言う通り、シズクは持っていた証明書のカードをそのカウンターに乗せてみる。
すると、カウンターのどこという場所でもない一部の範囲が、一文字型にほのかに光りはじめ、その光がシュッシュッとカードの真下を一往復するような動きを見せた。
「認証、完了。該当者の過去のパーソナライズ情報から適当な住居を算出、選考。――選考完了。――現在、該当者に最適とされる住居を表示します」
男とも女とも分からない中性的で機械的なその音声が聞こえたかと思うと、シズクの前に、程よいサイズの二次元映像が映し出された。
「そちらで、シズク様の住む場所をお選びください。感覚的な操作に最初は困惑するかと思いますが、すぐに慣れると思います。以降、カウンターからの指示にお従いください。私はこれで失礼致します」
と、その言葉を最後に、案内をしてくれた男性は元来た廊下の方へ戻っていってしまった。
「……感覚的って言われてもなぁ……」
ずいぶんと投げやりなんだな、とシズクは心の中で思っていた。
「これがこの階層【モラトリアム】のやり方、という事か……」
「居住可能な場所を点滅させています。ご希望の箇所をタッチしてください」
「え、えっと……」
今までは街外れに住んでいたし、今回はなるべく中央に近い場所を選んでみるか!
と、そのくらいの軽い気持ちで、シズクは点滅している地図上の居住地のうち、最も町の中心に近い位置を選ぶことにしたのだった。
「該当者の居住地を設定致しました。本日から、この住所は貴方の住所となります。同時に、こちらで住所変更に伴う書類の書き換えを行ないます。よろしいですか?」
「ええっと……はい、っと」
画面に表示されるこうした提言へのイエス・ノー二択問答を進めていき、およそ五分もしないうちに、シズクは晴れて【モラトリアム】の住人となったのだった。
トトリカに「モラトリアムは一時的に預かる階層」だという説明を受けていたシズク。
どんなもんかな~?と、好奇心に満ちた気持ちで役所を出ると、シズクは唖然とし――
「な、……なんだこりゃああああああああああぁぁ‼‼」
そう叫ばずにいられなかったのも無理はなかった。
役所を出たシズクの目の前に広がっていたのは、それまで自分が暮らしてきた【ワースト】とは、あまりにかけ離れていた光景だったからである。
まず、草原や野山のような物は視界に一切無かった。
人工的に作られた石灰色のタイルのような地面が足元を埋め尽くし、あちこちに様々な建物が立ち並び、この町の風景を形成している。
地面からは針のように細く長い電気の粒子が、不規則なペースで晴天の空に吸い上げられている。
その粒子の行く末は、見上げたところで遥か上空過ぎてわからない。
そんなこの町並みを「歩く人」は誰も居なかった。正確には、皆空中を移動しているのである。
薄い膜のような電気の板に立ち、あるいは寝ころび、あるいは横座りであったり、跨いで乗るような姿で、すいすい~っと気軽に縦横無尽に移動している。
シズクのように地面を移動するのは、規格化された全自動のロボットばかりであり、それも人の見た目をしていないだけで、動きの内容は、シズクの知っている人のそれと大した差は無いようだった。
「あー…………」
シズクはぽかんと口を開けたまま、次の言葉が出てこなかった。
それでもゆっくりと役所前から歩いて進む。が、あちこち見た事の無い物盛り沢山だった。シズクはきょろきょろせざるを得なかった。
シズクと同じ目線、つまり地面の上では、ロボット達が上から落ちてきたゴミの回収や、道に設けられたささやかな植え込みの植物の世話をしている。
空中では、先ほどのような移動する無数の人間の他、空中に設けられた電子上のスタジアムで野球やサッカーなどのスポーツ観戦が行われたり、お笑い番組や料理番組、ゲームのプレイ実況のようなエンタメ映像が二次元、あるいは三次元体で多数映し出されている。
そうかと思えば、宙に浮いたロボットが、ある建物から箪笥の引き出しを引くようにして、牛や豚といった畜産動物の入ったボックスを取り出し、別のスペースへ移動させたりしている。
とにかく人工物の情報量が桁違いに多いな……。
とシズクはこれまでに味わった事の無い感覚を覚え、その近未来的な光景に終始目を奪われるのであった。
「あ、えっと、……一応ここへ向かうとするか。……なんだ? これは」
シズクは先ほど、役所での問答の途中で受け取った『現住所案内カード』というカードを見て、「ここに親指を当ててください」といった文言が、とある箇所に記されている事に気が付いた。
その文言の上に、一センチ四方くらいの黒く塗りつぶされたような箇所がある。
スッ……。
シズクがそこに自分の親指を当てた、その次の瞬間。
ジジッ――ビリリビビッビッ――。
「は⁉」
電気の這うような鋭い音と、弾けるような火花放電が瞬間的に発生する。
すると、シズクの足元が急にふらつき始め、彼の立っていた地面から薄い電気の板が姿を現したのだった。
「こ、これがあの人達が乗ってる奴か……?」
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