第7話 デザインゲイン・3

「あ、ごめんね。色々説明不足で、いきなり結論から話してしまった」


「なんですか? モラトリアムって」


「モラトリアムというのは、まあその……、そうだねぇ、全体の話からまずしようか」


「全体の話?」


「そう。シズク君は、学校でこの世界の話、習ったよね?」


「はい」



「そう。そこでも聞いてると思うけど、この世界は、六つの階層に分かれている。OBによって、その階層から階層へ、住民を移住させてるわけなんだけど、たまにこうして、装置の不具合だとか、何らかの理由で、移住させるべきかわからない人物が出てくる事がある。そういう人を一時的に預かっておく階層。それが『モラトリアム』という階層になるんだよ」



「一時的に預かる階層…!」


 そんな階層があるのか。

 シズクは、自分の知らなかった世界の話をされ、驚愕した。


「驚くのも無理ないね。恐らく、学校ではモラトリアムの話を避けているだろうから。知っている人は知っている、程度の物なんだけれど」


「そうだったんですね……。というか、なぜ話してくれないんですか? 学校は」


「うーん……。学校側にも、指導要綱というものがあったり、事情があるのだろう。もちろん、それ以外にも理由はあるだろう。例えば、大多数が関わらないのなら、教える優先度は下がるとか、ね」


「なるほど」


「モラトリアムの話に戻そう。このモラトリアムは、今言った『保留の居住地』以外にも特徴があってね」


「……?」


「移住してもらう事になるから、どうせわかる事だけれど、モラトリアムは、元の六つの階層の中でも一番上である【ポピュラー】の階層と、ほぼ同等の居住環境なんだよね」


「え、そうなんですか⁉ 一番上の階層と⁉」



「あぁ……。モラトリアムというのは、【測定不能】な者達を一時的に住まわせてるわけだけど、その者達の中には、元々は上の階層だった者も居る、という点がミソなのさ。色々な理由から、環境は最上位の階層と同等にした方が良い、と政府は考えたんじゃないかなぁと私は思うんだよね」



 最上位の階層が一体どんなものなのか、俺には想像もつかないんですけど……。

 シズクは、トトリカの顔を見ながらそう感じた。


「トトリカさんは、政府からそういった詳しい事情を聞いてるんですか?」


「いや? ……これは単に、経験から来るものだよ」


「経験……」


 それからトトリカは、ざっくりとシズクの気持ちを汲み取るような解説を始めた。



「シズク君は、この世界について、もっと詳しくなりたそうだねぇ。それなら、君がこれから移住するモラトリアムの図書館を訪ねてみるといい。図書館は、この町や【ワースト】の階層内にも点々とあるんだけど、公開されてる情報には違いがある。階層による差は歴然でね。これはつまり、「情報に差がある」という事だね。シズク君は、そこで情報を得る事で、自分なりに思う事が出てくるはずだ。私がそうであったように。……この世界の実態は、情報を得る事で浮き彫りになってくる。公的な建物は、本来階層に関係なく均一化されているはずだが、例外として図書館のような建物もある。他にも色々あるが、あれが一番わかりやすいんじゃないかな」



「……図書館は、階層ごとに違うという事ですか……」


 そう聞いて、シズクはこの町の図書館を思い出していた。

 学校に通っていた頃、シズクは何度も図書館へ行った。そして借り過ぎて親に万引きを疑われた事がある。(※ギリギリ借りパクはしていない)


 シズクの家計は裕福ではなかったから、無料で本が読める図書館の存在は、とてもありがたかったのだ。


「さぁて、そろそろこれを渡しておこう」


「なんですか? これ」


 トトリカは、落ち着いた動きでシズクの前に一枚のカードを出した。

 カードには「階層移住証明書」と書かれてあった。


 こうしたカードタイプの証明書を、シズクは初めて見た。


「証明書。これを役所に持っていく。そしたらすぐに移住が行われる。まぁ、移住経験が無いなら、周囲の人に直接お別れを言ったほうがいいかもしれない。当分会えなくなる可能性もあるからね。まぁ、必ずしも直接言わなくてもいい。家族や友人、知人、恋人に対して、政府の方から移住についての通知書を出してもらう、という第三者からお知らしてもらうという形もある。それも無しで移住するケースもあるが」


「……! もし、役所に出さないままだと、どうなるんですか?」


「その場合は、一定期間を過ぎると強制的に連れて行かれるから。気を付けた方がいい。しかもその場合は、ペナルティもあるらしい」


 ペナルティ……。


 ――――ゴクリッ。


 シズクは生唾を飲み、改めてそのカードを見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る