第5話 デザインゲイン

 役所を出て、シズクはイリスにすぐこのあらましを報告した。



「測定不能⁉」


「ああ……。なんか、装置のトラブルがあったみたいでさ……」


「ぷっはっははははははっ! なんでそんなトラブルに巻き込まれてんの⁉ めっちゃ運悪い……ぷふふっ!」



 話を聞いたイリスは、腹を抱えて笑っていた。

 笑い過ぎて少し涙目になっている。


 測定不能なんて結果は、シズクとイリスの周りでは聞いた事が無かった。

 四年近く測定を行ってきた彼らで聞いた事が無いのだから、本当に今回運が悪かったと言えるのかもしれない。



「へぇ……珍しい事もあるんだね」


「珍しい……っていうか、なんか怪しいんだよなぁ」


「怪しいって、何が?」


「うーん……。いや、俺の考えすぎかな。よくわかんないけどさ、俺達の居るこの世界って、あんまり明かされてる事が少ない、というか……。俺達を統括してる政府の事も、よくわからなくないか?」


「まぁ、確かにそうかもね。私、あんまりそういうの考えた事無かったけど」



 二人は帰路に着きながら、自分達が生きるこの世の不透明さについて、少し話していた。



「皆十二歳で学校は卒業しちゃうだろ? 一応その中で、この世界の歴史についても授業があったけど、すごく情報が少なかった気がしないか?」



「そうだね~。あのOB計測の事とかもね。好き嫌いの計測って言われても、何が対象になってるのかわからないしね。政府の姿も、機関の名前だけババーッとあっただけで、そこにいる人の顔とか名前とか、詳しい所はわからないからねー」



「そうなんだよな……。すんごいふんわりっていうか。うちの親とか、他の連中も、生まれた時からそうだったからって、皆そこに何も疑問持ったりしてないみたいだけどさ……」


「ていうか、疑問持っても確かめようが無いんじゃない? ふふっ」

 なんだか滑稽かもね、と言い出しそうな雰囲気で、イリスは笑った。



「まだ俺達の周りに階層移住経験者が居ないのも大きいよな……。そういう人の話とか聞いたことないし。聞ければ少しは何か見えてくるのかもしれないのに」



「まぁね~……」

 シズクとイリスの二人は、だらだらと話し続けた。

こうした政府への不満を持つ者は、シズクの他にも当然この世界には居たのだが、シズク達は、その情報を交換できる手段が無かったのだった。



 役所で【測定不能】の烙印を押されてしまったシズク(※納得はしてない)は、その晩、東ミスト通りへと向かった。

 役所で受け取った報告書。そこに書かれていた住所を探して歩いていた。



 東ミスト通りは、シズク達が暮らす町の中にいくつかある通りの中でも、最もうらぶれている商店街の通りだった。

 シズクが生まれた時から、すでにそこはうらぶれていた。うらぶれにうらぶれていて、大変だった。



 そのためシズク自身、この商店街にどのような店があるのかはまるで興味が無かった。

 衣料品店、飲食店、電気屋、喫茶店、スーパー、居酒屋、など列挙してみると多種多様なのだが、どれも人気無く、閑散としており、半分シャッター街といった有り様である。



 本当にこんな通りにある住所で合ってるのかよ……。

 そう疑りながらも、シズクは書かれている住所、ここの『四-十四』を探す。



 この通りを歩く者は誰も居ないらしい。

 シズク以外、人っ子一人見掛けない。

 やってるかもわからない店があちこちに見られる。

 各店舗の錆びついた看板だけが、ただ虚しく連なっていた。



 こんな光景を見ると、確かにこの階層は、いわゆる【ワースト】の名に恥じない階層なのかもしれないな、と感じてしまうシズクだった。



「デザインゲイン……本当にそんな店あるのか~……?」



 ブツブツと独り言を呟きながら、侘しいその商店街を進んでいた。

 そんなシズクの目の前に、どこからともなくひょろりと一匹の黒猫が現れた。



「ん……なんだ、この猫……?」

 突然現れたその猫は、印象的な青い瞳で一度シズクの顔をじっと見つめると、すたすたと勝手に前に進み始めたのだった。



「え? っていうか、よく見ると尻尾が二本⁉」

 シズクの先を行くその猫は、奇妙なことに尻尾が二本生えていた。不意の事で、シズクは思わずそう声に出してしまった。



 別に猫を追いかける気はないが、進行方向が同じという理由で、しばらくはその黒猫を追うような形になったのだった。

だが、すぐに猫は立ち止まった。



「ナー……ナー……」



 その黒猫は、ある看板の前で一度お座りをして、鳴き続けていた。



「なんだよ、ナーって。鳴き声もなんかちょっとおかしいし、不穏っていうか……黒猫の登場とか縁起悪い……ん? あ、ここか?」


 シズクはその猫を不思議に感じていたが、黒猫が立ち止まったお店が、丁度目的地だという事に気が付いて驚くのだった。

 こんな偶然あるわけない。何か仕組まれてるのか……?

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