第4話 OB計測・3

 覗き穴の中で、大自然が無秩序に映し出されていった。


 大空を鷹が飛行する姿。

 風に煽られ、大きく揺れ動く山の木々。


 時折魚が跳ねる綺麗な川のほとり。

 波一つ無いほど静かで広大な海。

 その海の中をゆったりと泳ぐクジラ。


 など、映像が代わる代わる映し出されていく。

 継ぎはぎ感無く、溶接されたように滑らかに流れていく……。



 と、その時だった。


「ん?」


 映像が一瞬にして途切れ、視界がブラックアウトした。


「あれっ……?」


 こんな風に映像が途切れるのは、シズクにとって初めてだった。

そして、その映像が切れてすぐ


「出力異常……? あれっ…? あれっ⁉ あれ、あれっ……?」


 そんな台詞が、白衣のうち一人の方から聞こえた。


「おい、どうなってる⁉」



「わ、わかりません……あれっ……」


 なんだかもう「あれっ」という鳴き声を持つ珍獣のようである。

 そのせいでシズクは少し、ククッ、ククッと噴き出しそうになっていた。



「事前チェックは入念にしたんだろう?」


「はい! それはもう入念にしましたし……あれっ……」


 頼むからもう「あれっ」と言わないでくれ。


 とシズクは心の中で願いながら、自分がブラックアウトした映像を見続けている間、そばで慌てふためいている白衣の二人の会話を聞き続けるしかなかった。



「あ……、すみません。えっと、シズクさん? シズク・シグマさん。装置は外していただいて結構です」



「あ、はい……。何だったんですか?」



 白衣さん(仮名)に指示され、シズクは装置をゆっくりと外した。勿論、平然を装って。

 そばに居た二人は、おずおずと申し訳なさそうに話を続けた。



「今回ですね……、非常に申し上げにくいんですが、OB計測の装置が不具合を起こしてしまいまして。……あ、ご心配いらないですよ。……たまに! 本当たまにあるんですよねぇ~、こういう不具合。上手く映像が流れなかったりとか。特に最近は……」



 ええ~……そんな事あんのかーい!

 と、胸の中でシズクはツッコまずにはいられなかった。



「はい……」

 にこやかに話を進めてくれた白衣さんに対し、もう一人の白衣さんが、やや真剣そうな面持ちで話を続ける。



「それで、ですね。この適正診断の測定、短時間・短期間に二度行なってはいけない決まりなんですよ……。ですので、申し訳ないのですが、今回、シズク・シグマさんの測定は、一時的に『測定不能』という事にさせてください」


「測定不能⁉」


「はい。本来ですと、測定結果に基づいて、残留か移動かの結果をご報告するのですが、今回は測定不能という結果ですので、こちらを伺ってください」


 はい、これ。という軽い様子で、シズクは白衣さんから一枚の紙を渡されたのだった。



『好感覚指数:オコノミバロメーター 指数調査の結果 今回あなたの居住地は【測定不能】です。


 つきましては、こちらの紙をご持参の上、以下の住所をお尋ねください。

 加えて、以下の住所については口外しないようお願い致します。



 訪問の際、必要な所持品は特にございません。お手数ですが、何卒宜しくお願い致します。


 住所:デザインゲイン 東ミスト通り四-十四』



 デザインゲイン……? なんだ? お店か?

 そもそもこの測定って、短時間に二度行えなかったのか。知らなかった……。



 というか、ひどくね?

 測定不能っていうか、せめて【機械の整備不良でごめんね……】とか【不具合出しちゃいました★】とか、自らの非を認める報告書を出すのが筋なんじゃ……?



 シズクの頭の中は疑問で溢れ返っていた。(※当然だが、そんなふざけた報告書では、彼らが新たに始末書を書くはめになる)



 そのデザインゲインという名前に、シズクは聞き覚えが無かった。ただ、東ミスト通りなら、シズクの家から徒歩五分圏内の比較的近い場所だった。

 装置の不具合によって、測定結果を得られなかったシズクは、生きてる心地がしなかった。


 最も、生活面で言えば、【ワースト】よりも下とされる階層は存在しないので、現状維持かむしろ良くなる方向でしかないのだが……。

 そのような見方よりも、両親や、幼馴染のイリスと離れて暮らす可能性が出てきた点の方が、何より気掛かりだった。


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