第3話 OB計測・2


 中に入ると、二人より先に来ていたのであろう数人が、一つの部屋の前に列を成していた。皆、年齢も性別も様々だった。


「へぇ、朝だとこんなに人が少ないのか……」


「意外だった?」


「まぁな。前回なんて、あの行列が長すぎてここのエントランスは一杯。人で溢れ返って表まで続いてたくらいだし」


 大きく『計測室』と書かれてある名札が貼ってある。

 その部屋の前に、まだ二十歳にもならなそうな青年が立っていた。


 彼は、お入りください、お待ちください、といった一時的なここの案内役を務めているらしかった。


「……くぅあぁ……」


 案内役は大きくあくびをした。


「……」


 案内役のあの人は、雇われてるだけの民間人なのか……?

 と、シズクがそう思ったのも無理はなかった。


 こうした政府の運営する公共機関に所属する者は、基本的に政府直属の者達だ。

勤務態度も厳しく指導されているはずだし、明かに民間の労働者とは違う意識の下で働いている。それは、他の人を見ればすぐにわかるほどだ。


 当然、勤務中にあくびなんてもってのほかだろう。


 少し彼の事が気になってはいたが、そのまま二人で並び続けること数十分。

 いよいよ二人の番がすぐそこまで迫ってきた。


 イリスの前の人が中に入り、十分しないくらいだろうか。

 扉が中から開かれる。


――――ギイッ、バタンッ。


「お入りください」


 前の人が終わり部屋から出てくると、次のイリスが入っていく。

 しばらくしてイリスが出てきた時、彼女はシズクに対して右手でピースサインを示し、ニコリと微笑んで八重歯を見せた。


「ニヒヒッ」


 これは毎回恒例というか、いつもの流れで、「特に階層の移動無し」と診断された時にイリスが示す、合図のようなものだった。



 そう。イリスは、特にこの「ワースト」という階層に、その名前ほどの嫌なイメージを持ってはいないのだ。むしろ、診断結果で移住する事になるほうが、余程不安に満ちている。住み慣れた街を手放す事を、自然と嫌っていたのだった。



 シズクも、それは半分同意だった。そう半分だけ。



 もう半分というのは、シズクが持っていた未知への好奇心だった。

 ただそれも、純粋な興味関心であって、それほど強烈に移住したいと願ったりはしていない。


 イリスが終わり、次はシズクの番になった。


「お入りください」



 部屋の前に立つ案内役に指示され、扉を開ける。

 部屋の中には、白衣を来た医師のような者が二人、即席で設けられた椅子に座っていた。手前に置かれた長机には、コードの繋がれた双眼鏡のような物が置いてある。



「こちらを覗いてください」



 機械的なセリフでそう促される。

 この計測は毎月の事だが、依然としてなぜこの双眼鏡のような装置で、個人の好き嫌いを判別できるのか、非常に謎だな、とシズクは疑問に思っていた。



 そう、このOB計測の適正診断というのは、特定の事柄に対する個人の好き嫌いを計り、適正を診る。という内容の診断だった。



 双眼鏡を両手で持つと、シズクは自分の両目部分にその覗き穴をあてがった。

 学校を卒業して移住可能となった十二歳の年から、何度もシズクが行ってきた測定だ。勝手はわかっている。



「それでは始めます」


 その掛け声と共に、シズクの目には映像が流れ始めた。

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