第八話 切れる夜闇 明けの明星



「お前が、死ななきゃ、意味がない」

 

 真っ赤な血をあびて。

 遊虎が笑った。


「帝様!」

 楓が、遊虎を引き剝がす。


「あっははははははは! やってやった! あっははははははは!」

 遊虎は、空に響くほどの声で笑った。


「帝様……帝様」

 楓が、帝の心臓に刺さった小刀の周りを布で抑えるけれど。

 その真っ赤な鮮血は、止まらない。


「もう、よい。楓」

 楓の手を、自ら止める、帝。


 ザッと殺気が満ちて、白菊軍の隊員が刀を抜いた。

「貴様……」

「よくも!」


 一度割れた雲は、再び、空を覆い、世界を暗くする。


 せっかく、世界が平和に近づいたのに。


「遊虎! どうして!」

 日向が叫べば、遊虎は、首だけで振り返って、幸せそうに笑った。


「こいつだけは殺さなくちゃ、いけないけん」

 心の底から、帝を恨み、憎みぬいてきた。

 そう、遊虎の眼が言っていた。


「こいつは、人じゃない。おれたち六死外道と、その子孫を、ずっと物みたいに扱ってきた。なにが、被害者だ。いまさらあやまられても、絶対に、この恨みは消えない」


 遊虎の眼には、焔が六つ浮かんでいる。


 膝をつき、ゆっくりと眼をとじる帝に。

 楓が、ただ、その血を止めるために、手を震わせている。


「帝様……天照様……」


「そなたは、よくやった。楓、柊、お前たちは、童の誇りだ」

 そう、楓だけに聞こえる声で、帝は言った。

「そなたたちは、もう、自由だ」

 その言葉に。

 楓のひとみから、雫がこぼれた。


「童は、先祖の失態をぬぐう。神に、魂を返そう」

 ゆっくりと目をふせて、帝は小さく笑った。


「短くも、美しい世界を見られて、童は幸せであった」


 そして、帝は両手を心臓にあてた。

 楓が、その身体を、自分の羽織の上に、横たわらせる。



「最後に皆に伝えよう」

 

 ふいに、日向たちの、いや、全ての人間の耳に、音が聞こえた。


 それは、帝の声だった。

 その声は、六死外道の歴史だった。

 この日本大陸を守るために先代の帝は、神と契約し、己の魂を六つに分け、六つの器に”六死外道”を生み出した。

 ときは流れ、いま、六死外道の子孫は、犠牲者となった。

 いま、六道を回収し、帝は自分の業を背負い、この魂を天へ返そう。

 帝の声は、人々の耳の奥に響き、脳裏に全ての真実を映しだした。


 これからは、「人の世」

 人間の世界。人間がこの日本大陸をつくっていく。

 「この世を、まかせました」

 そう、帝は最後に言った。

 いつくしむ世と、別れる間際に。


 

 そして、世界の雲が、一気に晴れた。

 その瞬間、眩しいほどの閃光が、帝から空に伸びた。

 地は鳴り、空は叫ぶ。

 そして、日向たち、六死外道の身体も、光った。

 

 日向は、身体のなかの、阿修羅が、ゆっくりと離れていくのがわかった。

 日向は、いまから、”人間”になるのだと、わかった。


 帝の身体から空に伸びる光のなかに、日向や遊虎の心臓の光が交じり合っていく。


遊虎の身体だけが、他の六死外道の子孫とは違って、眩しく光った。


遊虎は、それに気づいて、そして、小さく笑った。

「龍ちゃん」

 その目は、その顔は、幸せそうだった。

「おれは、やっと解放される。大好きだよ。来世こそ、絶対に、龍ちゃんと結ばれるから」

 そう言って、遊虎は目を閉じた。

 日向は息をのんだ。

「まって!」


 日向のなかの阿修羅、それぞれの子孫のなかの道が、天に帰っていく。

 そして、最後に、帝の心臓の光と一緒に、遊虎の魂も。

 天へ登っていった。


 そして、帝の心臓は、とまった。

 そして、遊虎の心臓も。

 

 世界は、託された。

 皆が剣を下ろし、眩しいほどの光をこぼす天を見上げた。



「帝様……」

楓が、目をふせ、心臓を止めた帝の手に、手を重ねた。

 

 日向は、その楓のそばにかけよって。

 ぎゅっと抱きしめた。


 楓は、静かに、その腕のぬくもりを、受けとめた。

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