第四話 楓の追憶:金色の簪



二月二九日。

楓は、馬を走らせていた。

誰もいない土地で、ひたすら馬を走らせる。

そしてついた場所。周りを水で囲んだ中心にある美しい城。楓はひたすら足を進める。

最上階、楓だけが一人、足早に入る。

大きな空間の中心に籠。顔が見えないように簾越し。

楓はその前に跪き、こうべを垂れた。

「只今参りました。」

緊張と、そして喜び。


「久しいな、楓。」

その声に、楓は体の全ての痛みが消えた気がした。

「楓よ、顔を見せてくれ。」

「かしこまりました。」

楓はゆっくりその顔を上げた。

簾は上がっていた。

全てを包み込むように微笑む帝。

黒く長い美しい髪。白く透けるような肌。

楓は目の前の―少女―を見つめた。


「帝様……全ては、あなた様のために。」


帝は少女だった。

美しい黒髪を持ち、透けるような白い肌に、強い意志とこの世の全てを統治するべく生まれた真っ直ぐな瞳。そして、まだ一二歳の少女だった。

帝の隠れて生きなくてはいけなかった理由。

それは若年であり、女であったこと。

戦乱の世を迎えた時代。

京都に生きる天皇、皇后の間には子が生まれなかった。

そんな中始まった関西戦争。京都は負け、人々は天皇に安定を求めた。

そして生まれた楓の兄、柊。

人々は帝が生まれる前から、柊を帝と信じ、崇め敬っていた。空の籠に祈りをささげ、平和を願った。

そして願い続け生まれた女の子、天照。

皇后は高齢出産により命を落とし、天皇も続くように病で床に臥せた。

子孫を残すことはもう望めなかった。

公には柊が出席し、陰で天照は大切に育てられた。

男尊女卑の世界。いまだに消えない女子差別。低年齢でなおかつ性別が女だと知られれば、大阪国はすぐに攻めるだろう。

皇室は天照を隠し続け、大阪国を倒してから、その存在を明かそうと試み、『大京戦争』を起こした。

そして、京都御所が襲われた。

帝は楓といる時は簾を上げる。


「外の話をしてくれ。お前の話が聞きたい。」

「かしこまりました。」

帝は身体全体でこの世界の波を感じる。大勢の人が死ねば波が崩れるのを感じる。嵐などの天災が起きれば浮動を。

しかし、外には出られない。まだ見つかってはならないから。最後に会ったのは、柊を背中に彫った時。

楓は日々の生活を話した。帝はただ黙って聞いていた。

「妾には何もかも流れてくる。しかし、そんな妾でも未来は分からぬ。」

『下関条約戦争』、大隊、黒服、日向のことを話す楓。

その姿はどこか幸せそうだった。


「楓、そなたの毒を抜こう。もう、そなたに、緋毀の血はいらぬであろう」

「お心遣い、痛み入ります」

 帝が、楓の額に手を当てる。

 ゆっくりと、力が抜けていく感覚に、楓は目を閉じた。

「終わったぞ」

 ふいに、軽くなった身体に、楓は目を開けた。

「ありがとうございます」

 もう、これで、大阪の種は消えた。

 楓はこれから、緋毀を殺せる。


「時代は、進化する。」

その言葉は、まるで帝の未来を表すようだった。

楓は帝を見つめる。

「……あなた様は、何を考えているのですか?」

帝は楓を見つめる。ただ自分に忠誠を誓う楓。その姿があまりにも儚く見えた。


「……楓よ、時代は変わる。」

何かを悟ったような帝。未来を語る帝。

「天照様……。」

帝は小さく微笑んだ。


「少しだ、楓よ、平和はやってくる。」

楓は頷き、はい。とだけ答えた。


「そなたは、大切にしたい人を、大切にするがよい」

 楓は小さく息をのんで、跪いた。


 その髪に飾られた、金色と銀色の簪が、かすかに光った。

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