第38話 神絵師の肉を食べて画力UP☆

 しばらくジャスミンさんのうしろ姿を見送ったあと、賢者殿は一仕事終えたとばかりに満足気な表情をしました。


「これでよしっと。明日は美味しい朝食が手に入りそうだ。……さて、あの子が帰ってくるまでゆっくり待とうか」

「はい」


 彼はわたくしに部屋でくつろぐように言うと、自身もまた手頃な椅子に座ってまったりし始めました。

 静けさが戻り、わたくしは椅子に座ったまま窓の外に視線を向けます。

 外は庭園なのでしょうか、ツタが絡んだ城壁や緑の生垣、それに色とりどりの花が綺麗です。


「外に出たい?」

「あ、えーと、まあ……」


 賢者殿に尋ねられ、わたくしは曖昧に頷きます。

 なんだか心の中を見透かされたような気がしました。

 ジオ司祭に連れられて城のバルコニーから見た風景の素晴らしさを、忘れることができません。この世界に留まるのであれば、町や人々の暮らしや風景などを見たいのですが、いつかわたくしは外へ出ることができるのでしょうか。


「千影さん、レベルはいくつ?」

「たしか4か5か、それくらいだったような」

「そのレベルで外に出たら間違いなく死ぬよ」

「ヒエッ!?」


 たしかウェイ君からも同じことを言われましたぞ。

 やはり今は城内に留まるほうが無難なのかもしれませぬ。まだチュートリアルなのだと割り切るしかありません。

 まあ、この世界に来てからもう3日も過ぎているので、チュートリアルとしては少々長すぎる気もしますが。


「そういえば賢者殿。ひとつお尋ねしたいことがあるのですが」

「なんでも聞いてごらん」

「本当にどんな薬でも作れるのですか?」


 その質問に、賢者殿は少し考えてから頷きました。


「そうだね。さすがに無から有を生み出すような真似はできないから、基本的には既存の物質を変化・変質させる方向になるけど」

「エート……つまり?」

「『なにもないところから金銀財宝を出す薬』は無理だけど、『そのへんで拾ってきた小石を金に変える薬』なら作れるよ。まあその場合は薬の材料として小石と同量の金が必要になったりするからやらないけどね」


 わたくしは賢者殿が薬を作っていた様子を思い出しました。

 調合というのは、いくつもの材料が必要で、さらにその材料をあれこれ加工しなくてはならず、思っていたよりも手間がかかるようです。


「たっ、たとえば、画力が上がる薬などは作れますかな?」

「つまり、絵がうまくなる薬ということでいいのかな?」

「は、はい!」


 己の欲望をさらけ出すのはなかなか勇気がいりましたが、賢者殿は笑うことも馬鹿にすることもせず、淡々と頷きました。


「うん。作れると思う」

「はわわわっ!? ほ、本当ですかッ!? ぜひともお願いしたいのですが!!」

「ふむ。やってみよう」


 賢者殿はペンを手に取り、紙になにかを書き始めました。

 『欲しい薬を思い浮かべると材料が頭に浮かんでくる』というのが彼のスキルだと言っていたので、薬の材料を書き出しているのでしょう。わたくしは期待を込めた目でその様子を見守ります。

 さらさらと書き出したあと、彼はふと手を止めてわたくしを見ました。


「……千影さん。材料に『神絵師の肉』というものが必要らしいんだけど、知らない素材だ。なんのことだろう」

「ヒエッ!? ち、ちなみにそのお薬、塗るタイプですかな?」


 わずかな望みをかけて尋ねましたが、賢者殿はあっさりと「いや、飲むタイプだけど」と答えました。


「イヤーッ! カニバリズムッ!?」


 わたくしの反応に、彼は不思議そうな顔をしました。

 どうやらからかっているわけではなく、本当に薬の材料として神絵師の肉が必要なようです。


「ごめんなさい賢者殿。『神絵師の肉』は人肉の一種です」

「それじゃあやめておこうね」

「……はい」


 やはりそんなうまい話はありませんでした。

 それにしても、『神絵師の肉を食べると絵がうまくなる』という俗説は有名ですが、まさか本当に効果があるとは。今後は絵のうまいフォロワーさんのことをそういう目で見てしまいそうですぞッ!

 いや、どうせ食べるならフォロワーさんではなく、わたくしの手の届かない雲の上の存在の神絵師の肉にすべきかッ!?

 問題はどうやってその肉を調達するか……って、そもそも食べてはいけませぬッ!


「ううぅ、スキルの弱点が克服できると思ったのに……」

「スキルの弱点?」

「ウェイ君に言われたのです。わたくしのスキルには弱点があると」


 わたくしは地下牢での出来事を思い出しながら、賢者殿に説明をしました。

 わたくしのスキルは絵に描いたとおりに現実を変えられるというもので、それだけ聞くとチート級のスキルに感じられますが、実はいくつかの弱点があるということ。


 ひとつは、絵を描いてスキルを発動させるため『スキルの発動に時間がかかる』こと。

 もうひとつは『スキルの効果に時間制限がある』こと。


「なるほど。それで絵がうまくなる薬がほしいんだね。絵を描く時間を短縮するのは難しいけど、効果時間のほうはどうにかできるかもしれないな」

「ほ、本当ですか!?」

「うん。でも薬を調合するんじゃなくてね。スキルの効果時間については、レベルが上がるごとに増えていく可能性がある」

「なんと!?」


 もしスキルの効果時間が長くなれば、今よりもスキルの使い道が広がるでしょう。

 そしたらきっとウェイ君にも「役立たず」と言われなくなりますぞ! これは朗報!


「あのッ、それならば、飲んだらガッとレベルが上がるような薬とか、できないですかね?」

「うん。それも作ろうと思えば作れるよ」

「おおおッ!? では、ぜひお願いしたい!」

「材料としては、ベヒモスの毛とかリヴァイアサンのうろことかフェニックスの羽根とか、そういった伝説級のモンスターの体の一部が必要になるんだけどね。全部で三十種類か四十種類か、まあそんなところ」

「……ッ!? それは簡単に手に入るものなのですか?」

「そう思う? 僕は命がいくつあっても足りないと思うけど」


 そう言って賢者殿は肩をすくめてみせました。

 それらのモンスターを狩れるほどの力があるなら、そもそもレベルを上げる薬なんて必要ないですぞ!

 やはり、そんなにうまい話はないようです。


「あの、冒険者ギルドから横流ししてもらうとか……」

「それもありだろうね。ひとつの素材につき、城が一個買えるような値段だと思うけど」


 くっ……この世界でも所詮は課金勢が優勢か……。

 どうやら大人しくコツコツレベル上げをしていくほうがよさそうです。

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