第39話 賢者殿の3秒クッキング(死)

 前回のあらすじ。

 わたくしの特殊スキル【漫画】の弱点について。


【弱点・その1 絵を描くのに時間がかかる】

 賢者殿の話によれば、画力を上げる薬の材料には『神絵師の肉』が必要とのこと。

 潔く諦め、自分で努力するしかありませぬ。


【弱点・その2 スキルの有効時間が短い】

 賢者殿が言うには、レベル上げによって有効時間が伸びる可能性ありとのこと。

 これは朗報。


 とにかく精進あるのみですぞ!


 ☆ ☆ ☆ ☆


「あの、実はもうひとつ問題があるのです」


  すでにふたつもの弱点を話したあとです。

 この際すべての悩みを話してしまったほうがスッキリするに違いありませぬ。

 わたくしは思い切ってみっつめの悩みについても賢者殿に相談することにしました。


 ウェイ君は気付いていなかったようですが、実は【漫画】スキルに関して重大な問題があるのです。

 それは、スマホのバッテリー残量。


 わたくしのスマホにはペイント系のアプリが入っており、それを使えば格段に絵を描きやすくなります。

 たとえば、取り消しアンドゥ、消しゴムツールでの修正、複製コピペ覆いマスキング階層レイヤー分け、ブラシツールなど便利な機能がたくさんあります。

 描いた絵を保存しておいて、いざ必要なときに呼びだし、あとはサインだけを書き入れて素早くスキルを発動させるということもできます。

 紙の束はかさばりますが、スマホならポケットにも入る大きさです。


 だがしかし。

 使えば使うほどバッテリー残量が減ってゆくのが電子機器スマホの宿命。避けては通れない道なのです。


 この問題に、わたくしは早くから頭を抱えておりました。今となっては、「異世界取材ですぞ!」などと言って写真を撮りまくっていた自分を簀巻すまきにしたいですぞ。

 しかも、バッテリーを節約しようにも、時間が経つだけで充電残量は減っていってしまいます。何もしなくてもいずれはゼロになってしまうことでしょう。


 そういった事情を説明すると、賢者殿はひとつひとつの言葉をゆっくりと飲み込むように聞き、最後に話の内容をざっくりまとめました。


「つまり、千影さんが持っているその道具自体にMPのようなステータスがあって、道具を使ったらMPが減るし、使わなくてもじわじわ減っていく。そして、減ったMPを回復する手段がこの世界にはない。そういうことかな?」

「なかなか斬新な解釈ですが、おおむね合っているような気がしますぞ」

「残念ながら、僕にもそのMPを回復してあげることはできないよ」


 やはりそうか、と肩を落としたわたくしに、賢者殿は言葉を続けました。


「ただしそれは『過去の状態に戻すことはできない』という意味であって、『現状を留める』ことなら可能だよ」

「んんんっ? どういう意味ですかな?」

「つまり一定時間が経過したら自動的に現在の状態に戻るってことなんだけど……、説明するよりも見てもらったほうが早いな」


 賢者殿はわたくしを手招きすると、先ほど薬を調合した作業台へ戻りました。

 台の上には一抱えもある大きなガラス瓶があり、その中には水色の液体が入っています。

 彼はその瓶の蓋を開け、大仰な様子で呼びかけました。


「おいで、ライムちゃん」


 すると、瓶の中から水色の液体がぴょんと飛び出し、作業台の上に乗りました。

 その液体は水色のゼリーのようにぷるぷると震えています。


「賢者殿、これは……?」

「ここに取り出したるは、スライムのライムちゃん! なんと生後三日! 僕らの声や姿に反応して揺れてるんだよ。ど~だ可愛いでしょう!」


 台の上のスライムからは邪気も感じられず、ふにょふにょと頼りなさげに揺れているばかりです。

 たしかに可愛いといえば可愛いのですが。


「あの、賢者殿。スライムってモンスターではないのですか? それに、気になっていたのですがさっきのジャスミンさんも……」

「たしかにスライムもモンスターになる場合があるけど、たいていは大人しいからね。愛玩動物やインテリアとして飼う人もいるくらいだ」

「インテリア!?」


 たしかにライムちゃんの見た目は水色のゼリーみたいで涼しげですが。

 戦場で目の当たりにしたモンスターの群れの攻撃性やサイクロプスの脅威、それに地下牢で聞いたグリフォンの話などを思い出すと、なんだか複雑な気分になります。


「すごく単純な話だよ。人間にとって脅威となるなら『モンスター』と呼ばれ討伐の対象になる。でも、ライムちゃんみたいに人畜無害な子をわざわざ討伐する意味はないよね」


 アッ、漫画で見たやつだ!

 人間にとって有用なら『発酵』と呼び、そうでなければ『腐敗』と呼ぶ、みたいなやつですな!?


「そう言われると、スライムもなかなか可愛いですなぁ」

「でしょう。ジャスミンだって元々は、親ウサギが死んで取り残されたのを城の兵士が見つけて連れ帰った子だし。そこから僕がずっと世話してるんだ」

「そうだったのですな。どうりで賢者殿に懐いているはずですぞ」

「ふふ。あとミミックのクミンもいるよ」


 賢者殿の言葉に反応するように、書棚の前に置かれていた大きな箱がフガフガと動きました。

 うわッ、そんなところにミミックがいたとは!


「さて説明を続けようか。このいたいけなライムちゃんに、こちらの薬を飲ませる」


 そう言って賢者殿が取り出したのは、小瓶に入れられた銀色の液体でした。

 その液体は鈍く反射しており、どろりとしています。

 賢者殿は小瓶の口をライムちゃんに突っ込むように差し込みました。


「ほら、お飲み。よしよし、いい子だね。たっぷり飲んだな。そして1、2、3。みっつ数えたライムちゃんがこちらだ」


 じっと観察していると、胃なのでしょうか、それとも核なのでしょうか、ライムちゃんの体の中央が銀色に染まっていくのが見えました。


「続きまして、ここでライムちゃんに凶刃を突き立てる、っと」

「はえ?」


 今、キョウジンとおっしゃいましたかな?

 わたくしがぼんやりしているうちに、賢者殿は机の引き出しから大きなナイフを取り出し、まるでモグラたたきゲームでもするかのような気軽さでそのナイフを勢いよく突き立てました。


「ぬわーーっっ!! ライムちゃーんッ!!」


 ライムちゃんの体は四方八方へ飛び散り、動かなくなってしまいました。

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