第28話 ただ一言『帰る』と言えばいい

 ☆ ☆ ☆ ☆


 地下牢を出て部屋に戻るあいだ、わたくしもウェイ君も無言でした。

 グリフォンの攻撃を受けた兵士はポーションによって怪我を治すことができましたが、彼の中にはおそらくグリフォンに対する恐怖と聖女への不信感が傷跡のように深く残ったことでしょう。


「おい、役立たず聖女。元の世界へ帰れ」


 ウェイ君は、もう何度目になるかわからないセリフを口にしました。

 というか、わたくしを指す言葉がだんだんひどくなっていませんか?


「か、帰るってどうやって……」

「お前が一言『帰る』と言えばいい。あとは俺がジオに掛け合ってやる」

「掛け合う?」

「聖女を元の世界へ戻すように説得する」


 そう言っても、たしか元の世界へ帰るためには神殿の祠で儀式をする必要があるはずです。しかし、その祠はモンスターによって粉々に破壊されてしまった挙句、モンスターのねぐらにされてしまっているという話でした。


「祠が壊れたままでは、送還の儀ができないはずですが」

「それは素材を採ってきて建て直せば済む話だ」


 ウェイ君はずいぶん簡単に言いますが、たしか祠には特殊な素材が使われているはずです。

 でも、その素材が採れる場所もまた、モンスターに占拠されているようなのです。

 それなのにどうやって素材を手に入れるというのでしょう。


 わたくしの疑問を読み取ったかのように、ウェイ君はこともなげに言いました。


「俺が行ってくる」

「行ってくるって……素材を採取してくるってことですか!?」

「そうだ」

「まさか一人で行くつもりじゃないでしょうね?」

「人員を割く余裕がないと言っただろう。俺一人でいい」

「……そんな。たった一人で? それこそ死んじゃうじゃないですか!」

「だからなんだ? どうせジオから命がけでお前を守れと言われている。結果は何も変わらない。素材を採りに行って死ぬか、お前を守って死ぬか。それだけだ」

「なっ……」


 わたくしは次に続ける言葉を見失いました。

 もしかして彼は本当にたった一人でモンスターがいる場所に行くつもりなのでしょうか。

 わたくしのお守をするくらいなら死んだ方がましということなのでしょうか。

 それほどまでに、彼にとってわたくしは邪魔なのでしょうか。


「わたくしは、自分が帰るために君を犠牲にするなんてできません!」

「犠牲にはならない」


 そんなの、あからさまに死亡フラグじゃないですか。

 もしわたくしのために誰かが死んだら、きっとその後悔は死ぬまで残ることでしょう。それは目の前の騎士についても同じことです。


「帰るつもりはありません」

「帰りたいんじゃないのか? 帰る方法を聞いてただろ」

「うぐっ……そ、それは……」


 うまく返す言葉がみつからず、わたくしは言いよどんでしまいました。

 元の世界へ帰りたい気持ちはもちろんあるのですが、こうやって追い立てられるように帰されるのはなんだか違う気がします。

 わたくしはまだ自分のスキルについて知らない部分が多いですし、探せばなにか役に立てる方法があるかもしれません。


「お前も一緒に来いだなんて言ってない。お前は城で大人しくしてろ」


 ――お前は余計なことを考えなくていい。

 なんだか、そう言われている気がしました。

 それ以上なにも言えず、わたくしはただ黙ってたたずむばかりでした。

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