第12話 スランプ克服は異世界体験から
少しだけ悩み、わたくしは小さく溜息をつきました。
そして、今の正直な気持ちをお伝えすることにしました。
「期待をさせてしまったのなら申し訳ありませんが、わたくしにはなんの力もありません。
「ご謙遜をなさいますな。知っていたということは、ご興味がおありだということ。
それもひとつの才能ではありませんか」
「……才能?」
『才能』という言葉を、わたくしは無意識のうちに繰り返していました。
こんなわたくしに才能なんてあるのでしょうか。
二次創作の同人誌でさえ満足に完成させられない人間が、異世界で特殊スキルを得たからといって、なんの役に立つというのでしょう。
しかし、ジオ司祭は優しく言い聞かせるように続けました。
「戦場における聖女様の卓越したご活躍には
うっ……。これはまいりましたぞ。
わたくし、お年寄りに頼み事をされると滅法弱いのです。
元の世界でやらねばならぬことがある、と言って断ってしまいたかったのですが、その『やらねばならぬこと』は消え果ててしまいました。
その要因は、ひとえにわたくしの未熟さにあります。
わたくしは異世界を舞台にしたアニメの二次創作漫画を描いておりますが、行ったことも見たこともない『異世界』の描写がうまくできずに悩んでいました。
最初のうちは本やネットなどで調べていたのですが、描こうとすればするほどわからないことが増え、絵を描くための時間はどんどん減っていきました。
そうしているうちに、わたしは時間を確保するために他の何かを犠牲にする必要に迫られました。
食事を抜き、栄養ドリンクを流し込み、睡眠を削り、連日徹夜までして、ときには大学の講義をサボり、友人との約束もキャンセルし、本当は大切にしなきゃいけなかったことをたくさん捨ててしまいました。
しかし、そうまでして手に入れた時間を使っても作業は思うように進まず、描きたい内容はどんどん曖昧になり、原作に対する愛もいつしか薄れ、原稿を描くスピードは目に見えて落ちていました。
あとに残ったのは、ただ焦る気持ちばかりでした。
この世界に召喚されていてもいなくても、きっと原稿は間に合っていなかったでしょう。
「ジオ司祭。ひとつ提案をさせてください」
気がつけば、そんな言葉が口から出ていました。
この世界に召喚されてから、ずっと気になっていることがあったのです。
魔法陣と異世界と召喚。まるで中世ヨーロッパのような世界。剣士や聖女やモンスターの存在。そこまでは、まあわかる。
しかし、それだけではありませぬ。
空中に表示される『ステータス』。『レベル』や『経験値』という概念。わたくしだけが持つ『特殊スキル』はまるで『チート』能力です。
そのどれもが、漫画やアニメや小説に登場する『異世界もの』の設定そのままではありませぬか。
『作家は体験したことしか書けない』という話を聞いたことがありますが、ひょっとして世の創作家はみんな実際に異世界へ行って見聞きし、その経験をもとに作品を書いたのではないかと思うほどです。
わたくしに足りないのは、実体験だったのかもしれません。
そして今、わたくしが置かれているこの状況。
もしや国家の後ろ盾付きで異世界を取材し放題なのでは!?
きっとこれはチャンスです。この体験は必ずわたくしの創作の糧になるはず。
ならば、千載一遇のチャンスに飛びつかないわけにはいきませぬッ!
「あの、実はわたくし、元の世界ではマ……ンンッ……ガ……ガカ、……そう、画家をしておりまして!」
「ほほう、千影様は画家を生業としていらっしゃるのですか。それは素晴らしいことでございます。特殊スキルもきっと千影様の天性の才能によって授けられたのでしょう」
「いやぁ、照れますなぁ~、うへへへへ」
……うっ、なんだか微妙に罪悪感。
たしかに広義では絵描きで間違いありませんが、なんだかお年寄りを騙しているような気分になりますぞ。
まあ、相手が納得してくださっているのでよしとしますか。
「それで、ひとつお願いがあるのです。わたくしのスキルを提供するかわりに、絵の勉強をするため、この世界を見学させていただけないでしょうか?」
わたくしの提案に、ジオ司祭は満面の笑みを浮かべました。
「もちろんでございます! 他の世界からいらっしゃった聖女様が我々の世界にご興味を示してくださることは光栄の至りにございます。どうぞ心行くまでこの世界をご覧くださいませ」
「ありがとうございます、ジオ司祭」
わたくしは深々と頭を下げました。
わたくしにとって、この異世界召喚は一筋の希望でした。
天から降ろされた蜘蛛の糸にすがるように、わたくしはその希望へ賭けることにしたのです。
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