第11話 まるで漫画のような異世界召喚
☆ ☆ ☆ ☆
魔法陣の光が消えると、耳元を風が吹き抜けていきました。
見上げる空は透き通るような青さをたたえ、天高くに位置する星が温かな光で地上を照らしています。
遠くから運ばれる草木の匂いはどこか懐かしく、鳥のさえずりが聞こえます。
わたくしは、自分が高い場所にいることに気付きました。
どこか大きな建物の一画、バルコニーのような場所。足元には石畳が丁寧に敷き詰められています。面積はテニスコートほどでしょうか。
あたりを見回すと、大きな石を積み重ねて作られた壁やそびえ立つ尖塔があります。その様子は、ヨーロッパの古城を彷彿とさせるものでした。
「いかがですかな、外の眺めは」
ジオ司祭の声に、わたくしは振り返ります。
「ここは……もしかしてお城ですか?」
「ええ。この国でもっとも安全な場所です」
バルコニーを囲むように、凹凸が連続している形状の壁がぐるりと続いています。たしかあれは
わたくしは壁の近くへ歩み寄り、眼下の風景に目をやりました。
建物の周囲には庭園があり、さらにその外には水堀や跳ね橋が見えました。
敷地の外には城下町が広がり、蜘蛛の巣のように伸びる道とぎっしり立ち並ぶ家が見えます。中央にあるひときわ大きな建物は教会でしょうか。
町からは一本の道が伸び、遠くへ向かって草原を貫いています。
草原には大きな川がゆったりと流れ、日の光を受けてキラキラと輝いています。
その先には深い森があり、動物たちが息づいている気配を感じます。風が吹くと木々が生きているかのようにざあっと揺れました。
さらに遠くを見渡せば、壮大な山脈が横たわっています。雪をかぶった山頂が青空に映えて、美しいコントラストを描いています。
遠くの地平線は淡くかすみ、その先に続いている土地の風景までも感じられるようでした。
どこまでも広がる広大な風景に圧倒され、わたくしは息を呑むばかりでした。
この世界には、きっとわたくしが見たことのないものがたくさん眠っているのでしょう。
そう考えるだけで胸が高鳴ります。
「かつて、この国は地平の彼方まで平和そのものでした」
ジオ司祭の声が、わたくしの耳に響きました。
彼は風の行方を見届けるかのように地平の先を眺めています。その表情は遠い日の王国の様子を思い出しているようでした。
「人々の暮らしは豊かで、大きな災害などもなく、周辺諸国との関係も決して悪くはありませんでした。我々は穏やかに暮らしていたのです。しかし、いつの頃からか、その暮らしが一変したのです」
「もしかして、モンスターでしょうか」
わたくしの問いに、ジオ司祭は深く頷きました。
「ご推察の通りでございます、聖女様。ある時期を境に、モンスターどもが凶暴化し各地の村や町を襲うようになったのです」
「凶暴化、ですか。原因はわかっているのですか?」
「それが……。これまでに幾度も調査を重ねているのですが、原因は未だ不明なのでございます。他国へも使節を送ってみたのですが、いずれも行方知れずのまま連絡が途絶えました。今頃、他の国はどうなっているのか……」
彼は愁いを帯びた表情を浮かべ、そっと目を伏せました。
話をまとめると、今まで平和にやってきたのに突然モンスターが暴れるようになって、他の国とも連絡がつかなくなっている。ということですな。
……ふぐぇッ!? それってかなりまずい状況なのでは!?
「なにか対策はあるのですか?」
そう尋ねると、ジオ司祭はローブを風にはためかせ、改めてわたくしのほうへ向き直りました。
「この国には古い魔術が伝わっております。【異世界召喚の儀】と呼ばれるもので、この世界とは異なる場所から【選ばれし者】を呼び寄せるのです。異世界から召喚された者たちはこの世界に存在しない稀有なスキルを有しており、その力は時に国家の命運をも左右する可能性をも秘めていると言われております」
なるほど。それでわざわざ異世界から聖女を召喚しているのですな。
わたくしの【漫画】スキルも、この世界の人にとっては価値があるということでしょうか。
そんなことを思っていると、ジオ司祭が両手でわたくしの手を取りました。
彼の目が、まっすぐにわたくしを見つめます。
「聖女様。あなた様をこちらの世界へお呼びしたのは他でもございません。どうか我々を導き、お力を貸していただきたいのです」
おおっ。まさに絵に描いたような異世界召喚ですな。
異世界に召喚されて、聖女と呼ばれ、特殊スキルを与えられ、世界が危機に瀕していて、救ってほしいと言われて。
どれも漫画や小説で見た異世界召喚ものの流れとよく似ています。
「……あの、ジオ司祭。つかぬことをお伺いしますが」
「ええ、なんでしょうか」
「なぜわたくしだったのですか?」
「なぜ、とおっしゃいますと?」
「他にもっと強そうな人を召喚すればよかったのではありませんか? わたくしは、聖女という柄でもありませんし」
わたくしの戸惑いを感じ取ったのでしょう。
ジオ司祭は穏やかに微笑みました。そして、慈愛に満ちた声で語り始めました。
「それは、ひとえに世界との親和性によるものです」
「……親和性?」
「
……ギクッ。心当たりがあるような。
とくに「この世界の知識の欠片を持つ者」という部分。
要するに「この世界のことを知っている者が召喚される」ということですな?
それは、漫画やアニメや小説といった
――つまり、わたくしが異世界のことを知っていたから。
漫画やアニメを見て、あるいは小説を読んで、異世界の姿を知っていたから。
わたくしがヲタクだったから。
ガチヲタゆえに、わたくしはこの世界へ召喚されたということになります。
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