第10話 新刊じゃなくて神官だった(恥
それにしても、不可解ですな。
先ほどわたくしが見たときには、ワードローブには服と姿見しかなく、中に何者かが潜んでいる様子はなかったのですが。
そんなことを考えているうちに、扉の隙間から何やら青白い光が漏れてきました。
おや? この光、見覚えがあるような。
具体的には、自宅のマイルームの床の上で見ましたぞ。
光がいっそう強くなった次の瞬間。
ワードローブの扉が勢いよく開いたかと思うと、ドサッと音を立てて何かが床の上に倒れ込みました。
「はぁわわッ!?」
警戒して飛びずさり、剣士のうしろからそっと覗き込むと、倒れていたのは白いローブに身を包んだ老人でした。
床に倒れた衝撃で痛めたのか、「いたたた……」と呟きながら腰をさすっています。見れば、その近くには魔法使いが持っていそうな杖まで転がっていました。
「何のつもりだ、ジオ」
剣士が不機嫌そうに声をかけ、警戒の姿勢を解きます。
離れた場所から様子を見守っていた創始の聖女様も「あらあら」と言いながら近づいてきたので、どうやら害のある人物ではなさそうです。
「あの、大丈夫ですか? どこか痛めたりとかしてませんか?」
老人に近寄り、視線を合わせるように膝をついてそっと手を差し出すと、彼は床の上に座り直してわたくしの両手を深く包み込みました。
「……おお、聖女様! この老いぼれめを気遣ってくださるとは、なんとお優しい! いたく感動いたしました!」
「いやぁ。照れますなぁ。お怪我がないようで何よりです」
「聖女様が目覚められたと聞き、急いで参ったのですが、慌てておったせいかスキルの発動が乱れ、着地点の指定に失敗してしまったようです。このような無作法なかたちでの訪問となってしまい、どうかお許しくだされ」
なるほど、瞬間移動のようなスキルを使ったけど失敗しちゃった、ということでしょうか。わたくしの部屋の床に現れた魔法陣も、似たようなスキルだったのかもしれませぬ。
老人が立ち上がろうとしたので、わたくしも手を貸しつつ立ち上がりました。
そうして並んでみると、相手は年齢のわりに背が高く、身に着けているローブには緻密な刺繍が入っており格調の高さを感じます。
お年を召して髪はすっかり真っ白になっていますが、肩ほどの長さの髪をひとつに束ね、清潔感のある様子は「紳士的なおじい様」という印象を与えます。
「改めてご挨拶いたします。私はこの国で司祭をつとめるイケ・ジオと申します」
「イケオジ!?」
「イケオジではなくイケ・
なるほど、司祭様でしたか。言われてみればたしかに白いローブがいかにも聖職者っぽい雰囲気です。
穏やかな微笑みを浮かべ、ジオ司祭は言葉を続けます。
「ようこそこの世界へおいでくださいました。ここはグラン・ディラと呼ばれる世界でございます。そのなかでも、この国はかのファトーリア一世によって建国された【ファトーリア王国】でございます。国民一同、聖女様のご訪問を心より歓迎申し上げます」
「あっ、ご丁寧にありがとうございます」
グラン・ディラに、ファトーリア王国。
どちらも元の世界では聞いたことがない地名です。やはりわたくしは本当に異世界へ召喚されてしまったようですな。
この世界の地図はどんな感じなのでしょう?
そんなことを考えていると、創始の聖女様がおっしゃいました。
「ジオ司祭は神官でありながら、国王代理も務めていらっしゃるお方なのですよ」
「ひえっ、国王代理!?」
あんな登場だったのですっかり油断しておりましたが、実はめっちゃ偉い人だった! わたくし、着古したスウエット姿なのですが!?
いきなり国王の御前に召喚されるよりはマシですが、国王代理とてこの姿で「はじめまして」のご挨拶をするのは少々辛いものがありますぞ!!
ただ、そう言われて改めてよく観察してみると、ジオ司祭の服装はどちらかといえば質素な感じがしました。国王代理で聖職者ともなればもっときらびやかな服に身を包んでいるイメージがあるのですが。
そういえば、創始の聖女様のお召し物も決して派手だったり贅沢なものではなく、むしろ古いものを大切に使っているという印象を受けます。
それはさておき、わたくしは重要なことに気付いてしまいました。
「……んっ、神官!? あッ、もしかしてシンカンってそっち!?」
どうりで新刊の話で創始の聖女様と話がかみ合わないはずです。
そしてわたくしは気付いてしまいました。
……ということは、やはり新刊は落としてしまったのですね。
わたくしはひっそりと悲しみに打ちひしがれておりましたが、ジオ司祭の穏やかな声が耳に届きました。
「聖女様。どうかこの老人の散歩にお付き合い願いませんか?」
「はい、どちらまで?」
何気なく頷くと、ジオ司祭は手に持っていた杖をトン、と床の上に突きました。
その瞬間、わたくしの部屋の床に出現したのとそっくりな魔法陣が出現し、青白い光を立ち昇らせます。
「こッ、こんなところに魔法陣がッ……!?」
わたくしの驚きを置き去りにするように、ジオ司祭とわたくしの体は魔法陣へシュポッと吸い込まれていったのです。
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