第9話 横暴だーッ!横暴ですよッ!!

 前回までのあらすじ。


・同人誌の原稿をデスマーチしてたら異世界に召喚された

・職業は【聖女】

・特殊スキルは【漫画】!?

・態度の悪い騎士に絡まれる

・異世界の言語を習得

・ペンネームがバレる ←NEW!


 ☆ ☆ ☆ ☆


 さて、ここまでの流れでひとつ気になることがあります。

 おそらく今のわたくしにとって一番重要なことです。


「あの~。せっかく召喚していただいたのですが、ひとつだけ確認しておきたいことがありまして……」

「あらあら。なにかしら?」

「つまりその、元の世界へ帰る方法ってありますか? な~んて……」


 そう、帰れるかどうかはとても重要なのです。

 なにしろ、こちらの世界ではわたくしが愛してやまない漫画やアニメやラノベ作品を見ることができませぬ。

 作品に触れられないということは推しの供給が一切なされず、推しにときめいたり推しへ貢ぐこともできませぬ。ヲタク御用達の『アニメ○ト』や『とら○あな』でヲタグッズを買い込んで心を潤すこともできませぬ。

 推しがいないこの世界で、ガチヲタにどうやって生きろと言うのでしょう。推しは心の栄養ですぞッ!?


 それに、この世界では愉快なヲタ友と連絡を取る手段もありませんので、夜通しヲタトークで盛り上がったり、気になるアニメの同時視聴会を開いたり、イラストの交換をすることもできませぬ。

 やりかけのゲームもプレイできませんし、ソシャゲのログボだってもらえませぬ。


 SNSにも接続できないでしょうから、リアタイでアニメの感想を呟いたり、あるいは新しくそのジャンルにはまった方を温かく見守ったり、古参の方たちがご新規さんをジャンルの沼へ引きずり込もうとする様子を眺めたり、公式からの供給過多でともに歓喜したり阿鼻叫喚したりということもできませぬ。

 ふっとした瞬間に神コスプレイヤーの麗しい姿がタイムラインに流れてくるような奇跡も望めませぬ。


 なにより残念なのが、コミケをはじめ多数の同人誌即売会、あるいは漫画家さんによるサイン会、声優さん関連のイベントなど、さまざまなイベントに参加できないということです。

 異世界では同人誌を作ることさえ難しいでしょう。なにしろここには愛用のPCもタブレットもないのです。いや、紙とインクさえあればいけるかも? でもやっぱり、印刷所様に製本していただくあのワクワク感が味わえないのは寂しいものです。

 

 ですから、元の世界へ帰れるかどうかというのは、わたくしにとって死活問題なのです。

 創始の聖女様はじっとわたくしを見つめました。


「そうよね、帰る方法は気になるわよね」

「ええ、まあ……それなりに」

「それについては、あとで適任者から説明をさせますね。もうじきこちらへ来るはずなのだけど、遅れているようね。どうしたのかしら」


 すると、それまで静かだった剣士が口を開きました。


「創始の聖女様。こいつは役に立ちません。本人にも帰る気があるみたいですし、早めに元の世界へ返すのはいかがでしょう」


 ちょっ、ちょっと!

 そんなキャッチ・アンド・リリースみたいな気軽さで!?

 あるいは拾ってきた子猫を「家では飼えないから元の場所へ戻してきなさい」って言うみたいなノリで!

 いや、むしろこれは、カプセルトイやブラインド商品でハズレを引いたときのヲタクの表情に酷似しているッ! あんまりですぞ!


 わたくしだって、こんなガチヲタではなくガチムチを召喚すればよかったのにとは思いますが、それとこれとは話が別です。

 帰りたい気持ちはありますが、この剣士に「元の世界へ返しましょう」なぁんて言われるとしゃくですぞ!


「まッ、まだ帰るとは言ってないですぞ! 帰る方法があるのか聞いただけで!」

「いられても迷惑だと言っている。わからなのか」

「なんですと! むきーっ!」


 わたくしたちの醜い言い争いがよほど滑稽だったのか、創始の聖女様はくすくすと笑い出してしまいました。


「まあまあ。もしかしてあなたたち、それで喧嘩していたの?」

「喧嘩ではありません」「喧嘩ではありませぬッ!」


 偶然にも声が重なり、わたくしは剣士をジトリと睨みました。


「ちょっと! 真似しないでください!」

「そっちこそ。大人しく帰ったらどうだ」


 ええい。このままでは埒が明きません!

 わたくしは創始の聖女様に訴えかける作戦に出ました。


「創始の聖女様! さっきからこの男がやたらと突っかかってくるのです!」

「戦場での様子を見る限り、そうしたほうがいいと考え進言しているのです」


 あらあら、と困ったように微笑み、創始の聖女様は剣士の目をじっと見つめました。


「あなたの考えはよくわかりました。けれど、あなたは国王陛下の御前でも同じことを言えますか?」

「……っ、それは……」


 剣士は一瞬目を見開き、そして戸惑うように視線を外しました。

 どうやら創始の聖女様の言葉が効いているようです。

 彼にこんな表情をさせるだなんて、この国の王がいったいどんな人物なのか少し気になりますぞ。


 そのとき、ふと鈍い音が聞こえました。

 地響きのような音に続き、がさごそと怪しげな物音が続きます。どうやらその音は外からではなく部屋の内部から聞こえてくるようです。

 音の発生源を探してきょろきょろしていると、剣士がわたくしを押しのけました。


「そこをどけ」

「ちょ、ちょっと! 何するんですか! 横暴だーッ! 横暴ですよッ!!」


 こちらの抗議を無視して、彼はさらに前に進みます。

 険しい表情で彼が睨んでいるのは例のワードローブでした。両開きの扉は先ほどわたくしが閉めたままになっており、中の様子はわかりませぬ。

 剣士はワードローブから視線を外さないまま、低く呟きました。


「この中から音がする」

「どひゃっ!?」

「モンスターかもしれない。下がってろ」


 見れば彼は鞘に収めていた剣にふたたび手をかけています。

 も、もしかして想像以上に危険な状況なのでしょうかッ!?

 そういうことなら話は別ですぞ!


「どうぞどうぞ~!」


 わたくしはそそくさと場所を譲りました。

 ぜひ好きなだけお調べくだされ。勇者役は君に任せます。そもそもわたくしは聖女として召喚されたようですし!

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