第7話 走馬灯式!異世界語ラーニング

【注意】

※アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』についての重大なネタバレがあります。

――――――――


 だがしかし!

 原稿だのイベントだの新刊だのと騒ぐわたくしに、老女は困ったような微笑みを浮かべるばかりでした。


「あらあら、どうしましょう。困りましたね。生まれた国の言葉も、長いあいだ使っていないと忘れてしまうものね。あなたともっとうまくお話できるといいのですけれど」

「あッ……日本語!?」


 そういえば、他の人たちは異世界の言葉で話しているのに対し、先ほどからこの老女とは日本語で会話をしているような!?

 残念ながら話はちっとも噛み合っておりませぬが。主にわたくしのせいで!

 自分の同人誌ほんのこととなると、つい熱心になっていつもより饒舌になってしまいました。ヲタクゆえの暴走よくない。また新たな黒歴史のページを刻んでしまいました。


「元は私もあなたと同じ世界から召喚されてこちらの世界へ来たのですよ。もうずいぶん昔のことだけれど」


 穏やかに微笑み、老女はわたくしの手を優しく包み込みました。

 彼女の右手に青い光がきらめき思わず目を引かれると、くろつるばみ色の手袋の上から指輪がはめられているのが見えました。おそらく大切なものなのでしょう。古びているけれど丁寧に手入れされている様子が一目でわかりました。


 手袋をはめたまま、彼女は指先でわたくしのてのひらの上に何か文字のようなものを書き始めました。

 それは日本語のようでもあり、異世界の言語のようでもあり。

 何を書いているのかわかりませんでしたが、彼女は歌うように言いました。


「あなたの手を少しお借りしますね。特殊能力スキルの発動には署名が必要なの」

「……署名ですか?」

「ええ、そう。名を知らせることでこの世界と繋がり、特別な力を使えるようになるのです。契約にはサインが必要でしょう?」

「けっ、契約!?」


 契約という言葉に、わたくしのガチヲタ・センサーが鋭く反応しました。

 『契約』といえば某魔法少女アニメまどマギが思い浮かびます。白い悪魔が「僕と契約して、魔法少女になってよ!」と言いながら少女たちに迫り、願い事を叶えるかわりに魂を奪うというストーリーです(ここまで息継ぎなしの早口)。


「わたくしが魔法少女にッ!? そんな重大イベントがこのタイミングで!? こ、心の準備がッ!」


 激しく動揺していると、老女は「あらあら」とまばたきを繰り返しました。


「お嬢さんは魔法少女の方がよかったかしら。そうね、私も子どもの頃は絵本の魔法使いに憧れたものだわ。でもこの世界では、あなたや私のように外の世界から来た者は【聖女】と呼ばれています」


 よかった、魔法少女じゃなかった。

 ついガチヲタ・センサーが稼働してしまいましたが、ヲタク全開では会話が成立しないと学んだばかりなのに、また同じことをやらかしてしまうだなんて。わたくしって、ほんとバカ。


 そんなことを考えていると、文字を書かれたてのひらに温かい感触が走りました。

 その熱はわたくしの全身に流れ込み、特別な力がゆっくり満ちてゆきます。まるで老女の命が流れ込んでくるかのようでした。何かが起こるという予感に心臓が高鳴り、不安と期待が交錯します。


 そして、老女の指がわたくしの手から離れた瞬間。

 脳内に鮮やかな光景が浮かんできました。


 誰かが話している光景。

 ひとつ終わったら、また次の光景に。さまざまな人達が話している様子が、次から次へと浮かんできます。そのどれもが手に取るように鮮やかで、走馬灯のようでもあり、名場面ダイジェストのようでもあり。たくさんの人の話し声が頭の中に直接流れ込んできます。


「ウッ……頭が……!」


 初めのうちは知らない言葉の羅列に戸惑うばかりでした。

 しかし、無数の言葉たちは次第にわたくしの中で色を帯び始め、聞いているうちにシチュエーションから言葉の意味が自然と感じ取れるようになってゆきました。


 まずは「こんにちは」とか「お元気ですか」といった挨拶。

 次第に会話は日常生活の中で使われる言葉になり、「教会へはどう行けばいいですか」「川の向こうの森にモンスターが出た」などといった実用的なやり取りへと移り変わります。

 会話の内容はさらに複雑になり、文化や歴史、政治や宗教や戦術の話題などへと進みます。


 そうやって異世界の言葉や知識が、ゆっくりとわたくしの中に刻み込まれてゆきました。やがて、たくさんの光景がふっと幻のように消え、意識が部屋の中へと引き戻されました。


「どう? こちらの言葉もわかるようになったかしら」


 老女に問われ、わたくしは戸惑いながらも頷きました。

 相手が話しているのは、もう日本語ではなく異世界の言葉でした。

 でも、今のわたくしには、その言葉の意味のひとつひとつがわかるようになっていました。


「……はい。日常会話くらいなら問題なさそうです」


 わたくしもおそるおそる異世界の言語を話してみます。

 不思議なことに、話そうとすると先ほど見たシーンが浮かんできて、自然と言葉が口をついて出てきました。

 これもまた、スキルの効果なのでしょうか。


 老女は目を細めてわたくしを見つめ、小さく頷きました。

 まるで「大丈夫、うまく話せていますよ」と言うように。


「よかったわ。言葉がわからないと不安だったでしょう。改めてご挨拶をさせてくださいね。私はこの世界で【創始の聖女】と呼ばれている者です」

「創始の聖女、様……」

「ええ。こちらの世界での召喚術というのはまだ歴史が浅く、初めて召喚された聖女が私だったそうです。だから『創始の』だなんて言われているの」

「聖女って、あの、邪気を浄化したり、病気や怪我を治したり、結界を張って国を守ったりする聖女のことですか?」


 あとは勇者とともに旅に出てみたり、聖女の力がないと勘違いされて国外追放になったり、でもひょんなことでイケメンと出会ってなぜか溺愛されたり、優秀な姉と比べられて虐げられたり、あるいは腹黒な妹の策略で悪い噂を流されたり、望まぬ相手と結婚させられそうになったり。

 【創始の聖女】と名乗ったこの老女もまた、そんな冒険や恋愛を繰り広げてきたのでしょうか。

 彼女は興味深そうにわたくしをみつめました。


「あなたは【聖女】に対してそういう印象があるのね。この世界では、異世界からこちらの世界へ招かれた者を【聖女】と呼んでいます。かつて召喚された異世界人が【聖女】と名乗り始め、いつしかそれが定着したの」


 ははーん、なるほど。ひとつ謎が解けましたぞ。

 だからこちらの世界でも聖女のことを『セイジョ』と言っていたのですな。

 それにしても自ら聖女を名乗るその大胆さ。そこに痺れる、憧れる。

 そして、この世界に来てからずっと気になっていたことを思い出しました。


「……ん? ということは、やっぱりわたくしも聖女ってコト……!?」

「ええ。あなたも【聖女】としてこの世界へ呼ばれたのですよ」

「わたくしが聖女!? ただのガチヲタですぞ!? 人選が間違っているッ!」


 どう考えてもわたくしは聖女などという柄ではありませぬ。

 それに聖女が何人もいる世界なら、なぜ今さらわたくしが呼ばれたのでしょう。


「すべては世界が決めることですよ」

「……世界が?」

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