第5話 鏡の奥に素材1000%のガチヲタ
【千影は壺をしらべた! 底には埃が積もっていた】
【千影は壺をしらべた! 蜘蛛の巣が張っている】
【千影は壺をしらべた! 虫の死骸をみつけた!】
……スンっ。これが現実か。
薬草でいいから入っていてほしかった。
期待外れな結果に終わったことで、わたくしの右手はますます激しく疼き出しました。もっと興味をそそるものはないかとソワソワしているのです。
まずいですぞ、このままでは封印が解かれてしまうッ!
そのとき、ふと壁際のワードローブが目に留まりました。
高さは2メートルほど。木製のようですが、丁寧に磨き上げられた表面は重厚な光沢を放っています。その深い色合いは、このワードローブが長い年月を過ごしてきたことを物語っていました。木目をそっと指でなぞれば、この品が人々によって大切にされてきたことが伝わってきます。
洗練されたデザインの金属製の取っ手が、さらにこの品の美しさを際立たせています。
……気になる。これはおおいに気になる。
だって、ワードローブですぞ!? ワードローブといったら、服をしまう場所ですぞ!?
絵描きとしては、中にどんな衣装が入っているのか興味津々。これほど美しい家具なのです。中にしまわれている服もさぞかし素晴らしいものに違いありませぬ!
み、見てみたいッ!! いかなる犠牲を払ってでも見てみたい!!
次の瞬間、ついにわたくしの右手の封印が解かれました。
そればかりか、なんと左手の封印までもが解かれてしまいました!
左右の手は覚醒して真なる力を取り戻し、ワードローブの取っ手をしっかりつかんで開け放ったのです!
「どぉりゃぁぁああああッッ!!!」
勢いよく扉を開けると、そこには予想通りさまざまな服がかかっていました。
光沢のある生地で仕立てられた翡翠色のチュニック。魔法陣を思わせるような不思議な文様が刺繡されている薄紫のローブ。群青色のドレスには小さくカットされた石が縫い付けられ、光を反射して星空のようにきらきら輝いています。金色の縁飾りがほどこされた美しいケープもあります。
さらに、深い森を連想させる重厚な濃緑のコート。革製の上着は戦闘用でしょうか。銀色の金具が縫い付けられ、漆黒のマントが威厳を感じさせます。錬金術師が使っていそうなポケットの多いベストも見受けられます。
「おぅわゎあぁ~! これは素晴らしいッ!!」
どれも漫画やゲームの中から飛び出してきたかのような、あるいは子どもの頃に夢中になって読んだファンタジー小説の世界から飛び出してきたかのような衣装ばかりです。
服を一枚一枚見るたびに、この衣装が似合いそうなキャラクターたちや世界観が次々と浮かんできます。
ああ、このような素晴らしい衣装を見ることができて幸せですッ!
ワクワクして胸を高鳴らせながら眺めておりましたが、ふと異変に気付きました。
ワードローブの左奥で、なにか黒っぽい影のようなものがうごめいたような?
よく見ると
「ぬわーーーーっっ!?」
わたくしはたまらず腰を抜かし、鈍い悲鳴を上げました。
こんな部屋の中にモンスターが出るだなんて!
相手もまたぐにゃりと姿勢を変え、こちらを見ています。威嚇でしょうか、それとも攻撃を仕掛けてくるつもりなのでしょうか。
戦場での恐怖がよみがえり、冷たい汗が伝います。
震える指先を握りしめると、手の中にスマホの硬い感触がありました。
「……そっ、そうだ、スキルっ!」
HPはミジンコ並みですが、たしか特殊スキルがあったはずです。
その名も【漫画】という、いかにもガチヲタなわたくしらしいスキル名でした。
先ほど少年に獣耳を生えさせしてしまったのもおそらくこのスキルの影響でしょう。
うまく使いこなせるかわかりませんが、とにかく今はやるしかありませぬッ!
まずはモンスターの姿を描写しなくてはなりませぬ。
震える手でスマホを握り直し、恐る恐るモンスターに目を向けます。
体は曇り空のような灰色。ずんぐりむっくりな胴体に人間のような手足。頭部からは黒い頭髪のようなものが生えていて、目の部分には黒縁の眼鏡が――。
「んんんッ!? こっ、これはッッ!?」
よく見ようと体を前に出せば、モンスターのような影もぬるりと前に出てきます。わたくしが上下に首を振れば、モンスターもがくがくと首を振り、腕を上げればモンスターもうぉーと腕を振り上げます。
わたくしは思い切ってワードローブに頭を突っ込みました。
そして最奥に姿見がしまわれているのを発見しました。
つまりこのモンスターみたいなのは……鏡に映ったわたくしってコト!?
服を避けてずずいっと顔を近付ければ、鏡の中には見慣れたガチヲタの姿がありました。
よれよれのスウェットとパーカー。
まとめていないボサボサの黒髪。
哀愁を帯びた目の下のクマ。
猫背と黒縁眼鏡。
これはひどい。あまりにもひどい。
三徹目・修羅場・ガチヲタの姿など、
わたくしは鏡の前でうなだれました。
「そんなぁ。あんまりですぞぉ……。異世界ものといえば、それまでの己の姿を捨て、若返ったり美形になったりするのが定石ッ……! あるいは
しかし、異世界召喚ものでよくあるパターンといえば、いきなり国王やお妃様、騎士や貴族といったお偉いさんたちの真ん前に召喚されて、「おお、伝説の勇者よ! この世界を救ってはくれぬか」と言われるのをよく見かけますが、この『地獄の三徹目・デスマーチ姿』でそうならなかっただけマシなのかもしれません。ああ、考えるだけで身が震えます。
悲嘆にくれたまま、わたくしはそっとワードローブの扉を閉めたのでした。
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