第4話 封印されし我が右手が疼くッ!

前回のあらすじ。

スキルで美少年に獣耳を生やしてしまいました。

このままでは断罪イベントまっしぐらですぞ!

全部この性癖が悪いッ! うぇええぇん!


 ☆ ☆ ☆ ☆


「ペイントアプリよ、我が命に従え! 秘技【キャンバス・クリア】!!」


 削除ボタンをポチッとな。

 ――削除しますか? ⇒OK!

 ――この操作は元に戻せません。⇒致し方なし!


 少年のイラストが描かれていた画面は一瞬で消え、まっさらになりました。

 さあッ、これでどうですかな!?


 おそるおそる視線を上げ、少年のうしろ姿を確認すると、耳もしっぽも幻のように消えておりました。

 ヨッシャァッ! 証拠隠滅ミッション・コンプリート! セーーーフ! 断罪イベント回避!! なかなか危ういところでしたぞ!!

 異世界召喚されて早々に断罪イベントだなんて、たまったものではありませんからな!


 さいわい少年にも気付かれなかったようで、彼は軽やかな足取りで部屋を出ていきました。

 どこへ行くのか気になりましたが、ストーカーまがいの行為をしてこれ以上罪を重ねるのは勘弁です。しばらくは部屋で大人しくしているほうが無難かもしれませぬ。

 

 それにしても、消してしまったあのイラストはもったいないことをしました。せっかく会心の出来だったのになぁ。

 せめてネットに投稿したかった。そうすれば一部の獣好きケモナーなフォロワーさんたちが喜んでくれたに違いありませぬ。

 断罪イベント回避のためとはいえ、残念なことです。


 部屋の中にぽつんと取り残され、気がつけばいつのまにか両手をきゅっと握りしめていました。

 なんだか急に心細くなり、ベッドの上でもぞもぞと膝を抱えて座っていると、召喚された直後の光景が思い出されました。

 ひとつ間違えば、わたくしの頭蓋骨などサイクロプスのおぞましい指先で簡単に握りつぶされてしまっていたのかもしれません。今こうして生きていることさえ、奇跡のように思えます。

 わたくしはベッドから立ち上がることもできず呆然としました。


「夢だけど、夢じゃなかった……」


 しんとした空気の中に小さな呟きだけが響いて、それさえも静かに消えていきました。

 サイクロプスが倒されたあと、どうやらわたくしは気を失ってしまっていたようです。誰かがわたくしをここまで運んでくれたのでしょう。

 さきほどの少年の様子からして、その運んでくれた「誰か」に害意はないはずです。

 それでも、胸にはどうしようもなく不安が込み上げてきました。


 わたくしはこれまでにたくさんの漫画やアニメやラノベ作品に触れてきました。

 その中にはいわゆる「異世界もの」と呼ばれるジャンルがあり、現代日本で平凡な日常を送っていた主人公がいきなり異世界へ召喚されたり、あるいはトラックにひかれて異世界へ転生したりして、強大な力やユニークなスキルを得て異世界で活躍するという話が人気でした。


 その多くは「なぜか主人公は異世界の言葉がわかる」という設定が多かったのですが、現実はそう甘くはないようです。


 モンスターがたくさんいるこの世界で、言葉も通じず、右も左もわからず、帰る方法もわからず、この先どうなってしまうのでしょう。

 それに、わたくしが姿を消したら家族は――特に、姉や弟はきっと心配します。

 ……ううっ、ちょっと心細くなってしまいましたぞ。


 部屋の中をあらためて見回すと、ずいぶん年季の入った建物のようでした。

 少年が出て行った扉には植物をかたどった装飾がほどこされ、床には少し色褪せているものの緻密な柄が織り込まれた絨毯が敷かれています。


 本棚には少し日焼けした本が並び、上品なデザインのワードローブや飾り棚からは生活感がうかがえます。ベッド横に置かれた小さな机にはカンテラや水差しが置かれ、若草色のカーテンがかけられた窓から光が射し込み、室内を明るく照らしています。


 窓の外を覗くと広い中庭が見えました。

 その向こうには石造りの壁の別棟が見えており、個人の住宅というよりは大きな建物の一室にいるようでした。

 内装や調度品などは、まるでヨーロッパの歴史ある建造物のような――もっと言うならば「漫画やアニメで描かれるヨーロッパっぽい異世界」の室内そのものでした。


 きっと外に出たら西洋風の大きなお城があるのでしょう。そして、王様や勇者や魔法使いや僧侶や聖女がいて、剣と魔法の世界で、モンスターがいて。

 街に行けばギルドとか酒場とか武器やとか教会とか魔道具を売るお店とかがあって、街の外にはダンジョンとかゴブリンの巣とか魔王城とかありそう。

 もしかしたら、エルフや獣人、あるいは妖精などといった種族もいるかもしれません。


 ――さて。

 元の世界へ帰る方法はわかりませぬが、今のわたくしが成し遂げなくてはならない重大なことがひとつあります。


「とうッ!」


 わたくしは飛魚トビウオのごとき鮮やかさで布団から飛び出し、瞬時にスマホのカメラを起動しました。

 そして撮影ボタンを連打ッ!


 カシャッ。

 カシャ、カシャ、カシャーッ!

 カシャカシャカシャカシャ、カシャカシャカシャカシャーッ!


「ハァハァ(*´Д`) 最高ッ! 最高ですぞッッ! 素晴らしい――ッッ!!!」


 室内にスマホのシャッター音とわたくしの荒い鼻息が響きます。

 資料を、漫画の資料となるこの素晴らしい部屋を、隅から隅まで撮影せねば!!

 異世界に召喚されるだなんて、こんな機会はめっっっっったにありません! のんびり寝ている場合ではありませぬッ!


「こっ、これは……使える! 使えますぞぉおおッ!」


 あっちにもこっちにも漫画の資料になりそうな物ばかりです。あのタンスとか、向こうの壁の本棚とか、おしゃれなランプとか、部屋の片隅になぜか置かれている大きな壺とか。


 何を隠そうこのわたくし、これまでさまざまなRPGゲームで勇者として旅をした経験があります。

 もしここがゲームの世界で、わたくしが勇者なら、間違いなく問答無用で隅から隅まで調べ上げていました。

 部屋を調べることに関しては手慣れております。むしろ部屋を隅から隅まで調べるのが勇者としてのたしなみ。

 ああ、この部屋を眺めていると元勇者としての血が騒ぎますぞ!


「ハァッ、ハァッ……あ、開けてもよろしいか? タンスを開けてもよろしいですかなっ?」


 ああッ、封印されし右手が疼くッ!

 この手が勝手に……!

 だがしかし、忘れてはなりませぬ。ここはよそのお宅。

 さすがに無断はよくない……!


「そ、そうだ、壺ッ! 壺を覗くだけなら許されるはず!」


 わたくしの右手が今にも覚醒の時を迎えようとしています。この手の疼きを抑えるためには、壺を覗き込むしかありません。

 スマホを握りしめ、ダッシュで壺へと向かいます。


 部屋に置かれた壺は全部で3つ。どれもわたくしがすっぽり入れるほどの大きさです。テラコッタのような風合いがとてもオシャレ☆

 ここでもまたカシャッカシャッとシャッター音を軽妙に響かせたあと、わたくしは壺の中を覗き込みました。

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