第3話 絵を描くのあきらめたタヌキの子くん、それでもやっぱり……
タヌキの子は図書室にも行かなくなりました。昼休みにやることがなくなり手持ち無沙汰になりました。あまりにすることがなくなり青空の中で泳いで浮かんでいる白い雲の流れをぽけ~と眺めています。
白い雲は少しずつ少しずつ形を変えて流れていきます。
「おい!」
タヌキの子はあいかわらずぽけ~としています。何か声が聞こえたようですけど、空耳のようです。
「おい!」
タヌキの子ははっとして声のした方を向きました。カラスくんでした。カラスくんは言いました。
「もう漫画は描かなくなったのか?」
「うん・・・・・・」
「何で?」
「漫画描いていたのを笑って破って捨てたの、カラスくんじゃん!」
「そりゃそうだけど」
「漫画つまんなくなったんだ」
カラスくんが一瞬、くしゃっ、と険しい顔をすると、ふいっとどこかに行ってしまいました。
「漫画がつまんなくなったんだ」と言った瞬間、心がぎゅっと縮み上がる感覚とそのあとで心に冷たい風が入り込む感じがして、思わず胸のあたりを、ぎゅうっ、と押さえました。
それからさらに何日か経ったころです。その日のその時間は国語の授業を行っていました。
イタチ先生が教科書を手に暗唱します。
「しいわく、しょうねんおいやすくがくなりがたし」
生徒たちも続けて唱和します。
「しいわく、しょうねんおいやすくがくなりがたし」
タヌキくんも一緒になって唱和します。イタチ先生が続けて、
「いっすんのこういんかろんずべからず」
生徒たちも、
「いっすんのこういんかろんずべからず」
イタチ先生は黒板にチョークで、
「しいわく、しょうねんおいやすくがくなりがたし、いっすんのこういんかろんずべからず」
と書きます。先生の言葉がなにかの呪文のように、眠り歌のように聞こえてきました。だんだん眠くなってきます。
「では、この意味を。タヌキの子くん」
夢の中にいたタヌキの子はいきなり先生に当てられて、思わず、
「はいっ」
と言うと立ち上がりました。イタチ先生は、
「では答えてください」
「分かりません」
イタチ先生は怒る。
「寝てないできちんとノートを取りなさい」
周りがどっと笑う。
「じゃあ座ってよし」
「すみません」
先生は言います。
「すみませんって謝るんだったら勉強しなさい」
「はい」
座って一息つくと、ノートに黒板の字を写そうとします。そうしてびっくりしました。
いつの間にか、猫が踊っているイラストが描かれていました。
(えっ!)とびっくりしましたが、イラストはいつもの自分が描くタッチで描かれていました。そうです。無意識で寝ながらイラストを描いていたのです。
ネコが、みゃあ、みゃあ
おどって おどって
ぽん ぽん ぽん
くるっと くるっと
まわって まわって
ぽぽん ぽぽん
くるっと くるっと
まわって まわって
ぽぽん ぽぽん
ネコが語りかけます。
「きみは何のために絵を描くのかい?」
「きみは1回スケッチブックを破かれたくらいでイラストを描くのをやめてしまうのかい?」
「そんなちっぽけなココロザシだったのかい?」
タヌキの子は黙って首を振っています。ネコはなおも問いかけてきます。
「きみはなんで絵を描くのかい?」
「それは……」
「それは?」
「引きこもっていたころ、死にたいだとかいろいろと考えることがあったけれど、ある漫画の連載が読みたくて死のうとするのを辞めたんだよ!」
「それで?」
スケッチブックを破かれた悔しさやイラストを描かなくなっていろいろと黒い黒い消し炭のようなやるせなさが心にたまっていたのでしょう、涙が、つうっ、と一筋流れたかと思うと、目から水が流れ出て止まらなくなりました。うえ~んと泣いてしまいました。
イタチ先生が、
「タヌキの子くん、どうしたのですか? 号泣しているじゃないですか?」
タヌキの子は首を何回も振ると、
「なんでもありません。なんでもありません」
泣きながら、
「なんでもありません」
と繰り返し言い続けたのでした。
それからは学校でイラストを描かなくなりました。ただし、家に帰ってからはずっとイラストを描き続けていました。
今、まわりでは異世界転生ファンタジーがはやっています。異世界ファンタジーとは平たく言えばなんらかの方法で現実世界にてお亡くなりになり異世界になんらかの突出した能力とともに異界のファンタジー世界に転生し、エンジョイするという話です。タヌキの子も異世界転生ファンタジーではないですが、異世界ファンタジー風の旅人のイラストを描いてみました。ゆったりとした布の服を身にまとい、サンダルをはいて剣をにぎっている冒険者風のイラストです。うまいか下手かと言われたら下手な絵だけど胸がわくわくしました。久しぶりに楽しいという気持ちになりました。
ファンタジーもの描くの楽しいね!
そして、数ヶ月が経ちました。学校で美術の授業が始まりました。イタチ先生が言います。
「今日は、ポスターを作ってもらいます。みなさん。家から絵の具は持ってきましたね」
「はーい」
「じゃあ、みなさん標語を考えてから、鉛筆で下絵を描いて色を塗ってください」
「はーい」
タヌキの子は、カッターナイフで鉛筆を削ると、頭の中にあるイラストをノートに描き出していきます。一生懸命にイラストを描き続けます。イラストを何枚も描いてはノートのページをめくり描いてはめくりました。
「ねえ!」
気がつくと、カラスくんが横に立っていました。
「おまえ、絵描かなくなったんじゃないの? 嫌いになったんじゃないの?」
タヌキの子は、震えながら、
「嫌いじゃない。やっぱり創作は楽しいよ」
って答えました。
カラスくんは、
「ふんっ」
と言ってふっと離れていきました。
ぽぽん、と小説を書く
しゃっしゃ、とイラストを描く
ふふん、と音楽を作る
やっぱり創作は楽しいなあ。
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