4章7節 卒業
あと二年で私も見送られる側になるのだろう。今の私のように輝かしい気持ちを抱いて送り出してもらえるかは私の今後次第だけれど。粛々と在校生への答辞を行う朝野先輩を見れば、届かないまでも目指してみたいと思ってしまう。
教室について先生の話を聞いて、そこからは自由行動。特に用事がなければ参観者の方の邪魔にならないように原則下校。とのことだけど。私たちにはやるべきことがある。
「じゃ。一年お世話になったことだし。お礼参りに行こうや、
「言い方。
「否定はしないが比重が偏ってるだろ」
二人の他愛もない言葉を聞きながら、出た玄関の外はやっぱり寒かったけれど。日向に出ればほんのりと暖かった。
一年の学級がある階は校舎の中で一番上なこともあり。外に出られるのは順番的に最後になっている。とはいえ、卒業生や参観者が集まっているのだ。正門付近は埋めつくさんばかりに人が溢れていた。
いくら朝野先輩の背が高くても、この中から見つけ出すのは一苦労だっただろう。お礼参りするとか言っている馬鹿がいなければ。
「呉内くん、ちゃんと向かってくれてるんだよね」
「たぶん。大丈夫だと思うけど」
「おチビさんたち。せっかちなのはよくないぜ。まー任せとけって。信じてみろよ」
呉内が喜佐美くん、喜佐美くんは私と手を繋いで人混みの中を進んでいく。呉内が先陣を切って進んでいるから不安だったけれど。聞きなれた声が耳に入ってくると安心した。
「ご卒業おめでとうございます。
人混みを越えて到達した先で見えた先輩たちは。唐突に現れた呉内の大声と雰囲気に少なからず驚いているようだった。
張った声で啖呵を続けようとする呉内を私が抑えて。喜佐美くんがお世話になった先輩方に挨拶をして回る。呉内が先輩とはいえ女性に手を上げる奴とは思わないけれど。卒業式にまで騒ぎを起こしてほしくはないのだ。
「じゃ。後は頼むわ。予行演習やったしよ」
「予行って。まるで本番があるみたいな」
不穏なことを企んでいるのは間違いなかったけれど、呉内はあっという間にどこかへと消えていった。追うのはやめておく。私だって朝野先輩にお世話になった後輩なのだから。こんな時まで呉内の相手をしている暇はない。
朝野先輩を中心に広がっている輪の中に、私も加わる。恵宝高校の生徒という共通点はあるけれど、学年も性別も部活もさまざまで。生徒会以外から集まった顔もたくさんあった。
みんな朝野先輩に助けてもらって。彼女の力になりたかった人たちだ。私も喜佐美くんも、その中の一人だ。
「ご卒業おめでとうございます」
「お。きみあの時の二年くんだよねー。ありがとー。あれから」
「ね。おたがいね。受験苦労したよね。お疲れさま」
「呉内の服装のこと、これからは僕が頑張ります」
聞こえる声はさまざまだった。感謝や応援の言葉のやりとり。思い出の話だったり。朝野先輩がきっかけになって全く面識のない人が始めたお喋りだったり。
朝野先輩は一人一人に感謝を述べつつ、みんなの楽しそうな顔を見てやりきったような表情を浮かべている。一年しか側にいなかったけれど、先輩の頑張りが報われたような気がして私もどこか誇らしかった。
「
ざわざわと入り混じる声と物声の中を一人の女性の声が突き抜ける。聞いたことのある声だから振り返ってみると。黒いコートを纏った長身の女の人が、人波をすり抜けながらこっちへと向かっている。
「先輩」
朝野先輩はまっすぐに人混みを書き分けながら、一海さんの元へ飛び込んでいく。
「今年の参観は父兄の方々のみって知らされていたから。最初から居られなかったけれど。こうして晴れ姿を目にできてとても嬉しい」
「会長のお仕事、立派に務めあげてくれたんだね。こんなに立派な同級生や後輩たちに祝ってもらえているんだから」
「ありが。とう。ございます。先輩」
思い出を残したいという一海さんのお願いで、朝野先輩とのツーショットを喜佐美くんが撮ることになった。
「とりますよ先輩。姉さんも、もうちょっと寄って。はい。一足す一は」
「にーっ」
「に」
ぐずぐずでまだ赤みの残った顔だったけれど、朝野先輩はとても元気そうな顔で写真に収まっている。喜佐美くんが一海さんにスマホを返したあとの私たちは、教室に戻って帰りの準備を始める。
教室に戻ったら、少しだけ服にシワを付けた呉内が机に突っ伏していた。まさか、本当にお礼参りをしたわけ。あるかもしれないけれど。忘れたことにしよう。
「お、ちょうど戻ってきたか。感動のお別れはできたかい」
「僕はお世話になるつもりだけどね」
「進学先が志望校だもんな、そりゃそうだ」
「呉内もそうなんだから、いっしょに」
「一年顔合わせてんだぞ。もう十分だ」
「ちょっとまって。志望校が同じって」
朝野先輩は一海さんと同じ大学に入っている。喜佐美くんもそこを今から狙っているのは知っていた。二人のいる高校は偏差値が段違いだから、目指していなければ目標にするにしても高すぎる壁で。
あの呉内が志望する理由が見当たらない。
「久留巳さんに模試に行くのを自慢してたのに。話してないんだ。この前、英雄と顔を合わせたのは初めてなのに大喧嘩してね。勝つなら俺だろうって。同じ学部目指すって決めたんだよ」
「鑑くんと同じ学部って間違いなく医学部だよね」
「うん。英雄も負けるはずないってやる気出しちゃってさ」
一回会っただけなのにずいぶん仲良くなるんだね。と思ったけど口には出さなかった。喜佐美くんも私の気持ちはわかっているようで、口元は笑っていた。
「なんてことないさ。あのネクラにぶちのめし甲斐があるってだけだが。おつむも悪くねえみたいだしよ」
選んだ言葉はおちゃらけているように見せたいようだけど。他のすべてから真剣さが漏れていた。
「英雄もそのつもりだから。頑張ってね」
板挟みになっている喜佐美くんは不思議と楽しそうに見える。本当に楽しんでいるのか。もう笑うしかないのか。どちらにしてもこれから大変になりそうだと思う。いや、きっと大変なことになる。
色々と、私がカバーしないといけない時も。くるのかもしれない。
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