3章9節 これからのこと
生徒が一人亡くなったことで、数日は学校中がざわついた。確かに重大な事実だろう。けれど、生徒会には生徒会の役割と仕事があったから生徒会室の中には持ち込ませなかった。
一番辛い思いをしている
喜佐美君の仕事ぶりを見るなら心配はなさそうだ。
「すいません。
「んん。あれね。ちょっと資料にミスがあったからね。送り返しといた。あ、今必要だった」
「いえ。ロッカーを整理してたら昨日まであったのに無くなってて。探しとかないとなって思っただけです」
「喜佐美はマメね。戻ってくるよ。その内ね」
「ありがとうございました」
「んん。頑張ってね」
無理して気安く振舞っている様子もないし。笑顔もずいぶん柔らかくなった。喜佐美君がいないときに、会員同士が彼を心配するような会話をすることもなくなっている。
心配する必要のある段階は通り過ぎてくれたのかなと思う。なにはともあれ、心からホッとすることだ。
喜佐美君も元気になってくれたようだし。
あれからそんなに時間は経っていないし、相談してすぐに告白しているとは思えないけれど。いや、本当に告白したら度胸というか胆力というか。実行力は私も見習わなくてはいけないだろう。
「これで今日の生徒会活動を終わります。みなさん、今日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
終礼の挨拶もちゃんとしたリズムと緊張感があって、みんないい声をしている。
思い思いの準備を終えて、生徒会員たちは帰っていく。私は受験生だから残っても大義名分はあるが、もう一人は明るいうちに返しておきたかった。
「喜佐美君。今日はもう仕事はおしまい。帰ってゆっくりしましょう」
「僕、そんなに頼りないように見えるんでしょうか」
「あなたは喜佐美先輩の大切な弟だもの、私にとっても大切だし贔屓もする。でも、喜佐美先輩なら誰に対しても同じことを言います」
珍しい。いいや初めて聞いた喜佐美君の弱音。
喜佐美先輩のお姉さん、
それがいま、喜佐美万洋という後輩が一海先輩を抜きにして自分の気持ちを吐露してくれている。なのに私は、一海先輩の弟に向けた言葉を返してしまった。そんな自分が不甲斐ない。
「やっぱり、姉さんには敵いませんね」
いつも通りの笑顔に戻った喜佐美君が切り替えるように背伸びをした。一礼をして去ろうとする彼の背中を、最初は見送ろうとしたけれど。
「お茶を飲んで、しばらくゆっくりしましょう。飲み終わったら、私も帰るから」
ポットから、紙コップにお湯を注いでティーパックを沈める。茶葉は喜佐美先輩から誕生日プレゼントで貰ったハーブティーで。嬉しいことがあった時の細やかなお祝いに使っているものだ。
「どうぞ。ミルクはないけど、お砂糖は欲しい」
「大丈夫です。ハーブティーは姉さんと一緒に飲むことも多いですから」
お互いにそれぞれの定位置に座って、香り高い液体を舌に触れさせる。優しい舌触りと喉から鼻へ抜けていく華やかな香り。身体を柔らかく温めてくれる心地は、喜佐美先輩から貰ったハーブティー独特のものだった。
喜佐美君も私と同じように気に入っているのだろう。彼にはどこか気を張っているような様子があったけれど、今は肩の荷を降ろしているようだった。
「まさかここで。このハーブティーが飲めるとは思ってませんでした」
口ぶりからするに喜佐美君にとってはこの飲み物は家族と楽しむものなのだろう。家というプライベートな空間で、ゆっくりとハーブティーを飲む二人の姿が脳裏を過って胸がチクリと痛むようだった。
家族でもなければ、恋人になることもできない私に。そんな時間を過ごす希望はないのだから。
恵宝高校の卒業を契機に、彼との繋がりもなくなれば喜佐美先輩との関係も途絶えてしまいそうで。彼女と同じ大学に入れたとしても、あの頃と同じように側に置かせてもらえるだろうか。不安になれば、それで頭がいっぱいになってしまって。
「ごちそうさまでした。親しい人と飲むお茶はどこで飲んでも美味しいですね」
「いまちょうど飲み終わった。戸締りを確認するから、後片付けをお願いしていい」
「わかりました。戸締りよろしくお願いします」
私は喜佐美君を彼の姉を通して見てしまっている。けれど、彼はどうなのだろうか。
喜佐美一海という愛しい人の背中を追い続けているだけの私を、その弟はどう思っているのだろう。
暗い心持ちが邪な考えを呼び起こす。けれど、実行するには勇気を作る時間が必要だった。
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