3章8節 告白

 いつも通り今日もお弁当を持ってきている。けれど、食べる場所はいつもと違う。生徒と生徒がごった返す、醤油とかクリームとか麺とかの食べ物や調味料の匂いで満ちた空間。恵宝けいほう高校の学食は、いつもごった返していた。


 同級生や先輩たちが並んでいるカウンターの近くは並ぶだけで一苦労だけれど。座席に近づいて人を探すだけなら大変なだけで難しくはない。


「お疲れさまです、朝野先輩。お昼、ご一緒させていただいてもいいですか」


「活動中でもないんだから、そんなに堅苦しくしない。どうぞ」


 ランチタイムを一緒に過ごすことを、朝野先輩は快諾してくれた。


「今日はお弁当なんだね。おいしそう」


「え、ああ。本当ですか」


 考えてみれば、前に朝野先輩とランチをしたときは買ったもので済ませてたんだっけ。


「時間に余裕がある時は、お弁当は自分で作ることにしてるんです。中学の部活動で食べるものを自分で選んでたころの癖が抜けてなくて」


「お弁当を毎日作るのって大変でしょ。朝ごはんと同じものを詰めておしまいも味気ないし」


 そう。どうせ台所に立つのだから、朝ごはんも一品くらいなにか作りたくなる。そこからお弁当トークが思いのほか盛り上がってしまった。いけないいけない。


「卵焼きは焼いたものを冷ましてから冷凍庫に入れて、切ったものをレンジでチンしてお弁当箱に入れてるんです」


「なるほど。冷まして解答は他のものにも使えるんだ」


「そうですそうです」


 朝野先輩より私の方が料理に対する経験値はあったみたいで、話を興味深そうに聞いてもらっている。楽しい、とてつもなく楽しい。


 のだけれど、時間が過ぎるのはあっという間だ。どうしよう。


「ごちそうさまでした。本題に入りましょうか、久留巳くるみさん」


 大きなクロスの中へ丁寧にお弁当箱を畳み入れていく。今までの会話は本格的な運動をするまでの柔軟体操みたいなもので。朝野先輩は話し易い雰囲気を作ってくれたのだ。


「どうしてわかったんですか」


「前にこうやって過ごしたときも相談事だったでしょう。内容もだいたい察しがつきます」


「わかりやすいんですね。私」


「自覚してるなら、さっさと告白しちゃいなさい」


 なにを聞きたがっているのか。聞いたうえでどうしたいのか。わかってないと出てこない返事で。落ち着くために飲んだ水でむせてしまった。


 こういう反応をしてしまうから、私という人間はわかりやすいんだろう。


「せっかく告白するんだから、もうちょっとくらい親身になってくれても」


「したくなかったら私に相談しないでしょう。なら、甘やかさないのが先輩としての優しさです」


「そんなあ」


 お弁当の話と同じくらい、いいやそれ以上に楽しく告白の相談をしてもらった。言ってしまえば、さっさとやっちゃえとせっつかれているだけだけれど。


 応援されているようでだいぶ心強くなった。


 この学校で一番喜佐美きさみくんのそばにいる生徒は、間違いなく私だろう。朝の登校時間も。始業中も。放課後だってずっとそばにいる。


 それなのに、告白する場所が思い浮かばない。校舎内は朝野先輩と駆け回った場所がほとんどだ。デートに誘って告白しようにもどうしたって八城が浮かんでしまう。


 考えは纏まらないまま。こうやって喜佐美くんと話している間も告白の場所とタイミングを探り続けてしまっていた。


「久留巳さんと最初に話したあの桜の木、どれだかわかる」


「え、えと。あの右から三番目のやつだよね」


「よかった。僕もちゃんと覚えられてるみたいだ」


 みんな明るくなってきてよかったという話をしていたはずだけど。急に話が変わって少し驚いてしまった。


「実はね。入ってきたときはすぐに通えなくなると思ってたんだ。今日まで通えたのも、これからも登校できるのも、久留巳さんがいるからだと思うんだ。ありがとう」


 喜佐美くんはいつも何度でもありがとうと言ってくれる。だけど、今かけられた感謝の言葉はいつもと雰囲気が違っていた。


 どこか陰りのある微笑みは身体だけでなく心まで弱々しくなっているようだった。まるで、遺言を元気なうちにそれとなく伝えようとしているようで。


「ダメ。ずっと一緒にいようよ。そうだ。私たち付き合ってさ。もっと色々なことしようよ。やりたいことたくさんあるし、喜佐美」


「いいや。久留巳さんのお願いは聞けないんだ」


 あれだけ考えたのに。勢いに任せて告白してしまった。絶対、これだけはやっちゃいけないとわかっていたはずなのに。


 喜佐美くんは一瞬だけ、ためらうように視線を伏せてからまっすぐ私を見つめてきた。


 最初の一瞬は怯えているような感じもしたけれど、すぐに力のある表情に変わって。私は彼が覚悟を決めた瞬間に立ち会ったような気がした。


「久留巳さんみたいに、人のためにここまで努力できる人に好きって言ってもらえたこと。本当に嬉しいよ。ありがとう」


 この後の一瞬、私たちはまったく同じように息を吸った。それは、二人にとって辛い時間だったけれど、勇気を出した瞬間でもあったからで。


「僕は好きな人がいるんだ。だから、久留巳さんの気持ちにも自分の気持ちにも嘘はつけない」

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