2章5節 円環が繋ぐ
生徒会室での朝野先輩と喜佐美くんの出来事は、私たちにとって衝撃的過ぎた。
だからといって中に入れるような雰囲気でもなかったから。八城と一緒に頭を抱えながら一緒に下校している。
「アレ。お前どう思う」
「どう思うって。ほんとなんなんだろうね」
祈るように喜佐美くんの前に跪く朝野先輩。
朝野先輩の手を握ってずっと同じ言葉を繰り返す喜佐美くん。
恋人同士でやることの雰囲気とは違うと感じるけれど。かといって、これだという言葉も浮かばない。
「なんか。儀式的な感じ。あったよね」
「感じって。印象で考えるわけ」
「うん。普通ああいうことやらない」
下校中だから誰かに見られるかもしれないのに、八城は態度を崩している。
打ち解けたからか、取り繕う余裕もないほど驚いているのか。
どちらかはわからないし、どちらでもあるかもしれない。
八城と腰を据えて話す。絶好の機会が到来していると直感した。
「もうすぐ駅に着くからさ。せっかくだし、ちょっと寄り道しない」
いつも乗っている路線とは反対の電車に乗って一駅。
駅の造りは恵宝高校の最寄り駅と同じだけれど、改札を出てからはまったく違っている。
ゲームセンターとかカラオケとか。学生が暇を潰すのにピッタリの場所であふれているのだ。
ロータリーへ向かうエスカレーターを降りている最中、八城に門限とか聞こうと思ったけど止めた。
八城が物珍し気に街を見ている。
水を差そうなんて野暮なことだろう。とはいえ、変なところに連れていって機嫌を悪くするのは避けたかった。
「好きなものとかある」
「ないけど」
にべもなく即答されたので、私の行きたい場所に案内することにした。
「なにこれ。一番マシそうなの選んだのに、なんでこんな甘ったるい」
「ドーナッツってそういうものだし」
チョコも何もついていないし、間にクリームも挟まっていないプレーンドーナッツ。それとカフェインレスのブラックコーヒーが八城の頼んだものだった。
「お前が買ってるのはもっと甘いわけでしょ。味とか抜きにしても。二個も食べて平気なの気味が悪いんだけど」
チョコやアイシングのかかったドーナッツが二つ。カフェラテ一つ。合計カロリーは計算しないけれど、ヤバいのは言わずもかなだ。
わかってはいるけれど、謎の汗が垂れてしまうのを抑えられなかった。
「い、いいんだよ。美味しいんだから。ほら。ちょっと味見してみたら良さが」
「いらない。正直、外の食べ物って甘すぎしょっぱすぎ油ギトギトのどれかで不味いんだけど」
「もしかして。嫌だった」
「別に。食べ慣れてないってだけでしょ」
美味しいとは思ってなさそうだけど、八城は興味深そうにカップに口を着けている。
少し素っ気ない反応だったけど、八城の素朴な感情に触れられたのが少し嬉しかった。
ティースプーンでドーナッツを切り分けて食べる八城は、私と会話をしながら辺りを観察していた。
アルバイトとお客さんのやり取り。親子連れの喧嘩。私たちと同じように歓談に興じる他校の女子。
私も不思議な景色を見ているような気持ちになってきて。
八城と一緒にぼんやりと眺めている内に、見ず知らずの二人組に目が止まった。
「ここ中華も美味いんだって」
「ドーナツ屋さんなのにすごいね」
なんの中身もないけれど、楽しいことは間違いない。そんな感じの男子と女子の会話。
恋人同士だと思ってしまうのは、私に好きな人がいるからだろうか。
同じことを考えるのは、私だけではなかったようで。
「最悪。放課後に寄り道したの、お前とが初めてだった」
「喜佐美くんと出かける場所。みつかってよかったじゃん」
「おめでたい脳みそ。本題に入る」
切り分けたドーナッツの最後の一切れを呑み込んだあと、八城の表情が一気に険しくなる。
どこがと聞かれれば困るけれど。なぜか楽しかったお喋りもこれでお終いだ。
「喜佐美くんと朝野先輩の事だよね。うん。ほんと。なんだろうね」
「お前の感想が聞きたいんじゃない。対策があるのかって聞いてるんだ」
「対策って。まだ付き合ってるって決まったわけじゃ」
「なってから対策立てるのかよ」
八城の言う通りだ。朝野先輩と喜佐美くんがそういう関係になってしまったとして。私にできることはなんだろう。
一海さんや八城に比べれば地味だけど、十分に整っている顔立ち。
成績も優秀だしパワフルだ。勉強はいつも教えてもらっているし、一緒に仕事をしていて疲れたとこぼすのを聞いたことはない。
もちろん、喜佐美くんのことだって大事にしている。上級救命講習の話を聞いて、生徒会のメンバーを連れて受講しに行くくらいなのだから。
どうしよう。今の事態を心配するべきは。八城より私の方じゃないか。
「落ち込んでる場合じゃない。サッサと話せ」
生徒会での喜佐美くんと朝野先輩がどんな風に過ごしているかを中心に八城へ話した。
最近の喜佐美くんは先回りをして朝野先輩の欲しがる書類を揃えていることも多い。
名実ともに秘書という感じが出てきて頼もしくなってきた。
二人には一海さんという尊敬している人がいる。彼女は前の生徒会長だったらしいから。一緒に生徒会を盛り上げていこうと決めたのだと思う。
大まかにそんな話をしたはずで。自分なりの状況再確認にもなった。
お互いに有意義だと思ったのだけれど。八城は信じられない愚行を目にしたような顔で私を睨んでいた。
「で、そんな風になるまで放置してたと」
絞り出すように八城に言われた苦言。
言いたいことはわかる。この状況を作ったのは、お前に責任があるのだと。
次に続く言葉もなんとなくわかる。
八城にとって喜佐美くんが生徒会に通うメリットはないのだから。
だからこそ、はっきりと自分の考えを伝える必要がある。
「喜佐美くんの夢だし。応援したいなって」
八城と同じように。私だって喜佐美くんとこうやって関わりたいという希望があるのだ。
「あなたと喜佐美くんがお互いに大事な人なのはわかってる。でも、朝野先輩や私だって彼の大切な人のはず。だから、彼の大切な人や想いを邪険には扱わせない」
私は喜佐美くんに、望んでいる高校生活を送って欲しいと思う。障害があるなら取り除きたい。大切なものがあるなら守ってあげたかった。
恋敵の言葉というだけあって、八城は私の意図をすぐに汲み取ってくれる。
少し悪意が過剰だけれど。
「宣戦布告のつもり」
「私は病院暮らしが長いわけでもないし、一海さんとの思い出もない。だからこそ、喜佐美くんが大事にしてるものを一緒に守りたいんだ」
痛みも思い出も共有していない私が、喜佐美くんの特別になれる方法。
保健委員としてだけじゃない。彼の想いを守ることだ。
生徒会で活躍したい。友だちと過ごしたい。その他諸々。八城との学校生活も中に含まれている。
だからこそ、私と八城が邪魔しあうことは考えられなかった。
「あっそ。その態度が私の役に立つっていうなら、好きにすれば」
言葉のわりに、八城の表情は穏やかだった。
椅子に深く腰かけて、気だるげな視線で私を見ているだけ。
周囲を便利に扱うための笑顔。私にぶつけてくる憎悪に満ちた鬼面。喜佐美くんといる時のちょっとした意地の悪さを含んだ表情。
今まで見たどれとも違う、物憂さの滲む無表情。
怒りをぶつける相手でもなければ、役に立つわけでもない。そういう相手は、喜佐美くん以外では私が初めてではないだろうか。
八城の対等な相手に私はなったのだ。
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